2018年02月24日

ブルンナー読書会Q ―正しい神礼拝―

IMG_0770.jpgブルンナー読書会の導き手である下村喜八さんは、昨春まで大学の教授職に就いておられた方ゆえに、本来は「先生」とお呼びすべき方であるが、イエス・キリストを介してのお出会いにより親しい交わりの恵みに与り、言葉では尽くせないほど感謝している。
今日は知子の願いにより夫は外してもらった。そのことを下村さんにはお伝えしないままお迎えした。
今日はエーミル・ブルンナー著『フラウミュンスター説教集T』の7回目、説教のタイトルは「正しい神礼拝」。
13時45分頃〜16時頃まで。
開会礼拝:讃美歌239番「さまよう人々」(知子奏楽)、聖書朗読とお祈り(下村さん)。最後は黙祷をもって終わる。

ローマ人への手紙12章1・2節:
12:1 兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。
12:2 あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。
講義メモ:
P69「この使徒パウロの言葉が語っているのは、神への奉仕(礼拝)についてです。しかしそれは、われわれが今ここで守っている礼拝のことではありません。(略) とすれば、彼が説いている神への奉仕と、われわれがここで行なっている礼拝との、この2種類の礼拝注1(神への奉仕)がどのような関係にあるのかという問題が生じてきます。」

この箇所が難しいのはドイツ語によるもので最初に注釈を読む。

P781)ドイツ語の”Gottesdienst”(ゴッテスディーンスト)は、普通、「神を敬い拝すること」、「(教会での)礼拝」あるいは「(カトリックの)ミサ」を意味しているが、原義的には「神に仕えること」、「神への奉仕」の意味を持っている。
ここでブルンナーは、この語の本来の意味に立ち返ることによって、形骸化した「礼拝(ゴッテスディーンスト)」の現状を批判し、われわれ全生涯が神に自己をささげ、神に仕えるものでなければならない、すなわち「神への奉仕(ゴッテスディーンスト)」こそが真の「礼拝(ゴッテスディーンスト)」であると説いています。

例えばドイツ語では、法、正義、権利が3つとも同じ単語であり、法と正義を一つのように考えている。言葉が人間を規定し、思考ルートになるため権利の主張も強い。

では、「奉仕する」、「仕える」とはどういう意味か・・

P70「共同性、共に集うことが重要なのだということ、イエス・キリストに属し、イエスによって一つの群れ、一体をなす群れとされている者たちが共に集まり共に居ることが重要なのだということ」。

「われわれは共に神をたたえ、共に神の言葉を聞くためにここに集まっているのでありそれは、この神の言葉によってわれわれがもはや単なる人間集団ではなく、一体をなす群れ、神の民、キリストの群れ(教会)であることを知るためです」。

P71「日曜日の礼拝は、各個人が神の言葉を聞き、教えられ、強くされることだけを目的とするものではありません。それは、単に個人のためにあるのではなく、相互に一体であるわれわれの存在に生命を吹き込むためにあるのです。(略)孤立、この傲慢で悲しむべき孤独を神は好まれません」。

「あなたがたが説教から何かを得ることができるか否かは、決定的に重要なことではありません。決定的に重要なことは、神があなたがたから何かを得られるか否かということです」。

ゴッテスディーンスト(礼拝)は神にのみささげることで神奉仕すること。即ち、神が私たちの魂を得られるかどうかであるということであり、神の存在のためになる礼拝である。

私たちは「互いに一体である」というのは、贖いをくぐり抜けた一体である。説教で贖罪が語られているならばよいが、「説教から何も得るところがなかった」かどうかは、贖罪が語られているかどうかによる。

「礼拝が正しい姿で行われる場合、どの礼拝においてもわれわれの身に起こらねばならないことは、われわれが自分の孤独な存在、自分のための存在から追い出されて、神のための存在へと、同時にまた、互いのための存在、他者と共なる存在へと移し変えられることです」。

つまりイエスの新しい戒め(愛)に繋がっているのであり、神の存在へとひっくり返される。

P72「人類の近代史全体は、自由を求める努力によって満たされています。・・・自由こそ近代の大いなる合言葉です。しかし結果はその反対、つまり不自由です。
そして、自由であろうとするゆえに、神さえも取り除いてしまい、これこそが無神論、神喪失のの最も深い根拠であるということ」。

全体主義についてまとめたレジメを拝受。
〇正義の理念(神の秩序、自然法)が解体される。⇒「力への意志」(ニーチェ)と、「経済的な動機の自律性」(「上部構造は下部構造によって決定される」)(マルクス)。

上部構造というのは、政治、法律、宗教、道徳、芸術。下部構造というのは、経済の仕組み、生産諸関係。

ニーチェは善悪も権威も否定し、マルクスは上部・下部構造ととらえて経済のしくみによって規定されると考えた。

⇒その両者から倫理的なニヒリズムが生じる(善悪の尺度がなくなる)⇒全体主義国家が生じる。

律法や自然法という「神の法」が廃棄されたときのことも紹介された。(ブルンナー『キリスト教と文明』167頁)(ロマ書2:14,15)

〇全体主義革命および国家の三つの特質(『日本におけるブルンナー』5−9頁)
@人間性の否定(個人の人格および自由の否定。人間の尊厳性の廃棄)
A無法律性(国家はすべてを支配する)
B大衆的・集合主義的現象(個人が人格の本質について目覚めておらず、単に全体の一員でしかない)

個の確立の大切さ。
このほか、全体主義の具体的な特徴や事例を学び、ルターの「キリスト者の自由」のプリントも拝受。

「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない。
キリスト者はすべてのものに仕える僕(しもべ)であって、だれにでも服する。」

この二つの相矛盾することが矛盾せずに成り立つ。
キリスト者の自由とは、まず罪からの自由であり、死からも解放される。自由にされたら仕える。即ち、神の愛に生きることができる。

「神は我々が神の僕でなければ自由ではありえないようにわれわれを創造されたゆえに、真の自由は、神への自由な奉仕としてのみ可能なのです」。

「真の自由は、神への自由な奉仕としてのみ可能なのです。あなたは、自由であることを欲するなら神に仕えなさい。あなたの生が神への真の奉仕となる時にのみ、あなたは真に自由な人間となるのです」。

この逆説(パラドックス)、この一節が理解できれば、神に仕えることが自由であるということがわかる。

ロマ書6章16節〜23節:
6:16 あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。
6:17 しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して、
6:18 罪から解放され、義の僕となった。
6:19 わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。
6:20 あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。
6:21 その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。
6:22 しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである。
6:23 罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。

もう一か所、ロマ書8章1節〜11節か(?)、あまりの乱筆ゆえに自らの字が読み取れない。とても親しくしていただいているのにお聞きできないのは、クリスチャンペンクラブの大田先生にも対しても同様で私の性格的なこと。

「まず第一に、絶えず繰り返し神の憐みを思い出し、われわれを自分の軌道から神の軌道へと転回する転車台の上にわれわれ自身を乗せなければなりません。

第二に、今直面している全く具体的で実際的な問題に対して、神がきょう、今、ご意志をわれわれに示してくださるように静かに神に聴かなければなりません」。

ブルンナーは世界宣教まで考え、キリスト教を何百年ものスパンで考えていたので日本にもやってきてICU(国際基督教大学)で奉仕した。
戦後、ヨーロッパの人々の信仰が弱くなっていたので、ヨーロッパの人々が暗澹としているあいだ日本が目覚め、そして再びヨーロッパにもと思っていた。
「キリスト者はいつまでたっても初心者である」と言っているブルンナーの言葉で励ましてくださった。
IMG_0769.jpg今回も内容が濃密すぎて理解力の乏しさに泣きつつも、非常に恵まれた。私においてもこの矛盾が相反しないのは、私の内に住んでくださっている聖霊のおかげである。

願わくは、私の日常生活も「教会における礼拝のように厳粛なものとなり、神の讃美となり、われわれを創造された神への絶えざる感謝、絶えざる信仰告白となります」ように。魂がスローダウンした時にはすぐに神さまの軌道に乗るように心がけ、今より新しい出発です。

次回は、3月17日(土)。「守ること、誠を示すこと」

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今朝は0度で寒かったが日中は13度まで上がり3月中旬の暖かさになった。裏庭でノスミレとタンポポの花を見つけて春の訪れを教えてくれたユキ
しかし、読書会の間は同室で勉強することになっていたのに、漫画を読んだり工作して遊んでばかり。 それでも折り紙に取り組む根気だけは頭が下がる。
ユキの作品に下村さんが目を輝かせて感動される姿に、サムエル・ウルマンの詩を生きておられる方だと私は激しく心を揺すぶられた。
posted by 優子 at 22:50| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

全盲の伝道者 敬愛する宇野繁博さん

昨日の『クリスチャン・トゥディ』「牧師の小窓コラム」に敬愛する宇野繁博さんのことが紹介されていました。

先日、信仰の友から1枚のCDが送られてきました。それは1人の盲人の方の講演が記録されたものでした。名前は宇野繁博さんと言われます。この方について初めて知りました。そして、このようなクリスチャンが日本にいらっしゃったのだとCDを聞いて感動致しました。

宇野さんは25歳の時に厚生労働省が認定している難病の網膜色素変性症で失明されました。小学校の教師だった宇野さんは、現在滋賀県立盲学校の教師として尽くされておられます。

失明されたときの宇野さんの絶望感は深刻なものでした。生きていく力を失くしてしまって、自暴自棄になってしまったのでした。そんな時に一緒に涙を流してくれたのが、彼のお母さんでした。

お母さんは彼に言いました。「おまえが本当に生きていけなくて、どうしても死ぬと言うのなら、お母さんもその時は一緒に死ぬからね」と言って泣いてくれたといいます。その母の涙で死ぬことをやめたとおっしゃっています。

しかしその後、盲学校に入られた宇野さんは、盲学校での勉強が大嫌いで、一時はいつもビールを飲んで寮へ帰っていました。「酒ばっかり飲んでたらアカンやろ!」と多くの教師に諭されたが、ある先生だけは「宇野さん、酒も飲みたくなるよな」と言われ、そのひと言で酒が止まったといいます。

宇野さんはその後、キリストに出会って人生が根底から変えられたのです。そして、現在は全身全霊で神の栄光を現しておられます。宇野さんの言葉です。

「私は目が見えない。精神科の閉鎖病棟に入っていたこともある。・・・そんなものはない方がいいんです。・・・でも、これがあったからといって人生が終わりではない。先の道はいくらでもある。・・・その苦しみの経験を神様が生かすと言っているんだから、もう楽しみでうれしくて夜も寝られないぐらいです」と。

宇野さんは現在、教える傍ら、講演活動をされています。そして、ある時は自分のCDを全国の1万300校の中学校校長宛てに発送されたりしています。若い人たちに生きる希望を見つけてほしいのです。皆さんにもぜひ宇野さんのCDを聞いてほしいと思います。

『メメントドミニ』にも宇野さんの記事をいくつも書いていますが、その中から「心の友・宇野繁博さんのお証し」と、2011年6月24日の「悲しみの中で喜ぶ秘訣はたった一つだけ。主に在って喜ぶことです」と教えてくださったことをお分かちした記事だけでもお読みくだされば嬉しいです。

今年の元旦に宇野繁博さんから頂いた「新年の御挨拶」メールの返信に次のような心の内を書きました。
「夫の甥や姪の結婚式の写真つきの年賀状を見て気持ちが沈み、彼らが幸せであるようにと思うのですが、喜ぶものと共に喜ぶのは難しかったです」。
するとこのようなお返事を下さり、私は「主に在って喜ぶ」ということを強く実感させられたのでした。

「21年前、私が25歳の時、失明し、婚約者と別れ、絶望の中にいた頃、友人が徐々に結婚していきました。友人達の結婚式に何度も出席し、友人代表としてスピーチをしたことも2度ほど記憶しています。藤本さんのお気持ちは痛いほどよく分かります。
ローマ人の手紙12章15節に喜ぶ者と共に喜び泣く者と共に泣きなさいとありますが、難しいことです。特に自分が喜べない状況にある時はなおさらです。
ピリピ人への手紙を書いたパウロはあの喜びの手紙を獄中で書きました。いつ処刑宣告がなされてもおかしくない状況の中で、彼は喜びを持ってあの手紙を書いています。
悲しみの中で喜ぶ秘訣はたった一つです。主にあって喜ぶことです。
私達人間は弱いです。無力です。しかし、天地を造られた神は、神を愛するものに対してすべてのことを働かせて益としてくださいます。
21年前に失明して、毎晩布団の中で泣いていた頃、桃山学院で生徒の皆さんの前で元気にメッセージするようなことは全く考えられませんでした。

しかし、神様は私の失明も用いてくださり、桃山学院の生徒に生きる勇気と希望を与えるために私の失明を用いてくださいました。私の失明も知子さんの離婚も決して望んだことではありません。
しかし、神はその悲しみの涙を必ず喜びの涙へと変えてくださいます。神に期待しましょう。神のみ業に期待しましょう。これがクリスチャンライフの醍醐味なのですから」。
クリスチャン同志でも、このように自分の気持ちを表現し、傷を分かち合える人は少ないように思います。ですから本当の交わりができる友をまた一人与えられて感謝しています。
私たちも無防備になってパウロのように自分の弱さを語り合える者となりたいものです。宇野さんは人の心を導く良き牧師になられることでしょう。
posted by 優子 at 11:25| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

家の教会2018G ―灰の水曜日―

IMG_0620.jpg2018年2月18日(日)  
     (2018第8回 家の教会)
9時45分〜10時15分
出席者 3名(with 知子&ユキ)

@ 主の祈り
A 讃美歌   312番「いつくしみふかき」(ユキの選曲)
B 聖書輪読  創世記2章4節〜7節、3章19節
C お話    優子
D お祈り   1人ずつ
E 頌栄    讃美歌21・29番「天のみ民も」 知子の演奏です!
    歌詞:「天のみ民も、地にあるものも、父・子・聖霊なる神をたたえよ、              とこしえまでも。アーメン」。
  創世記2章4節〜7節、3章19節: 
2:4 これが天地創造の由来である。
主なる神が地と天とを造られた時、
2:5 地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。
2:6 しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。
2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

3:19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、
あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。
お話:
IMG_0689.jpg今日も−1.4度と冷たい朝でしたが、陽ざしに春の気配を感じます。そして2月半ば頃になると主の復活を思い起こします。
イースターの日は毎年何月何日と決まっているわけではなく毎年変わります。「春分の日の後の最初の満月から数えて最初の日曜日」と決められているからです。

そして、イースター前の6回の聖日を除いた40日間を受難節(レント)と言い、カトリックでは「受難節」を「四旬節」と言います。「四旬」は「40日」の意味だからです。
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この期間はイエスさまの十字架の苦難を思いながら、自らの罪や歩み方を振り返りながら悔い改める特別な時です。

イースターの46日前からレントが始まるのでレントの第一日目は常に水曜日と決まっており、その日を「灰の水曜日」と呼びます。

今年のレントは先週の14日から始まりました。2月14日と言えばバレンタインデーですが、四旬節の始まりである「灰の水曜日」と重なりました。

世の中はバレンタインデーで浮き上がり、心を静めて質素に過ごす「灰の水曜日」の対極にあるので、「1945年以来初めて2つの暦が重なった」とボストンのロイター通信が報じていました。

さて、「灰の水曜日:Ash Wednesday」の「灰」について考えてみたいと思います。「灰」と聞いてまず思い起こすのは、今朝輪読した箇所にありますように、塵から造られた私たちはいつか必ず塵に帰る身であることを思います。

また、ヨブが「それでわたしはみずから恨み、ちり灰の中で悔います。」(ヨブ記42章6節)と言っているように、旧約時代から苦悩や悲しみの悔い改めの祈りをする時は灰を被る習慣があり、「灰」は悔い改めの象徴であることを思い起こさせます。

カトリック教会では、「あなたはもともと土から生まれたので、まもなく土に返る。だから罪を悔い改めて、イエスの教えに立ち返りなさい。」と祈り、司祭が一人ひとりの額に灰を少量の水で溶いたもので十字を記すということです。

その灰は、前年の受難週(復活祭の1週間前)の「棕櫚(しゅろ)の主日」に使った棕櫚の枝を燃やした灰です。信徒は灰で記された額の十字をすぐには拭き取らないでそのまま教会を後にするそうです。

私たちプロテスタント教会では「灰の水曜日」の儀式はしませんが、私たちも心を静めて深い悔い改めと祈りの時を過ごしてイースターに備えたいものです。

それは即ち、イエス・キリストによる罪の赦しと主イエスが与えてくださる永遠の命がいかに尊く、そのことにより儚(はかな)い人生を意味あるものとされたかを自覚し、その喜びと感謝をささげるためです。

ところで「40」という数字は聖書によくでてくる意味深い数字です。「40」と聞いて思い浮かぶのは、イエスさまが公生涯に入る前に受けた荒れ野の誘惑が40日間だったことや、モーセが出エジプトしてカナンの地に入るまでの荒れ野の40年間、また、ノアの洪水では40日間雨が降り続いたこと、そして、ヨナが40日経てばニネベは滅びると警告したことなどですが、それらは全て準備期間だったことも意味深いですね。

2000年前の今、イエスさまは十字架の苦しみに向かって歩み始められたことを覚えて、私たちも受難節を歩み始めたいと思います。

IMG_0694.jpg自らを振り返り悔い改めさせてくださるように。そして、人生が何たるものであるかを深く思い巡らせながら受難節を過ごしたいと思います。
そして誰もみな、生涯の終わりには「よく生きた」と思えるように、今より心新たに力強く踏み出したいと思います。
附記:心身の疲れで、昨日のクリスチャンペンクラブ関西ブロックの例会(大津教会)を欠席した。
今朝も9時まで寝ていたが、午後は知子と散歩に出た。2人で歩くのは何年ぶりだろうか。おしゃべりしながら9500歩も歩いた。これも何年ぶりだろう。
そのあと4時頃から夫と食料の買い物に。ユキはサッカーを終えて5時半に帰宅した。
posted by 優子 at 19:08| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

「二分の一成人式」続編 「ママ、ありがとう」

サムサムさんより:
「つかの間の雪景色」楽しく読ませていただきました。
特にユキ君が幼かった頃に撮った写真や、チャッピーがいた頃の写真などをも並べ、思い出を語っているところなど、ほんとうにいいですね。まるで詩の朗読を聴いているような思いになってきました。

IMG_0600.jpgその翌朝(昨朝のこと)、雪だるまは下半分だけになっていた。この日も0度と寒く、パウダーのような雪が道路にも残っていた。

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大きくなったね、ユキ。
ユキが入学した頃に見ていた6年生みたい。

IMG_0604.jpg「こっち向いて!
行ってらっしゃーい!」

私は知子のために、そして、ユキのために、長い時間が流れた時に、ユキが幼かった頃の、そして、知子が若かった頃の日々を残しておいてやりたくて撮っている。私自身の心に焼き付けながら。

いつごろからだったか、知子は特別な日以外はユキとの時間を優先して、朝はユキと一緒に家を出るようになった。帰宅時間が早くなったとはいえ常に20時半〜21時頃になるからだ。

ユキが今日の5時間目に書いた「お母さんへのお返事」を私も読ませてもらった。深く心を打った。

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私のことも書いてくれていた!!!  
「スペースが余ったから書いてくれたのでは?」と茶化すと、「やっぱり消そうかな」と笑わせた。「嬉しいけれど『おばあちゃん』になっている、付け足したみたい。でも、おじいちゃんは入っていないね」と大笑い。マジでまだ余白があるのにね。  

ユキの手紙にも書いてあったように、12日に母親の雷が落ちた。昨年末あたりからユキはゲームの奴隷になってしまったようにたびたび開けているので、ついに、またしてもゲームを取り上げられた。

昨年のお正月にゲーム機を買ってもらった時の約束だった、たった1冊のドリルさえ全くしていなかったからだ。僅かな宿題だけで復習を全くしない。さすがにそれでは5年生になるとついていけなくなる。

私もユキの日常は承知の上だったが、どんなに言っても遊びに行ってしまう。最近はおじいさんの影響でテレビまで見始めた。私も毎日口を酸っぱくして言っていたので放任していたわけではないが、血圧を上げないためにも手を放すしかなかった。

とにかくドリルを3学期が終わるまでにやり上げることになり、ゲーム機はいつ戻すかは未定。昨日から会社の金庫(金庫室?)の中。経理のおじさんも思っているよ、「またか」って。😞

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それでも翌朝もこんなに麗しい光景!

「ユキ、手をつながしたげてよ!」 
ユキはママと手を繋いでいるところを友だちに見られたくないと、まことに健全な成長過程の反応だが、「誰かいたらパッと手を放すゲームのつもりでやれば面白いかも」の声かけがユキの心を動かした。  すぐそこが集団登校の集合場所だ。

IMG_0597.jpg今朝は水道工事をしなかった。昨夕から私は初めて心が壊れる感覚を経験し、知子に善処してもらって、家族の在宅時に来ていただくことになった。
そして今朝思い立って生活習慣病の薬をもらいに医院へ出かけた。

今日のみことばのメッセージに、「主に信頼する私だけが私である。それ以外の私はいない」いう言葉があった。「突き抜け」てからの知子を想った。そして、ゲシュタルト心理学(" Gestalt "とはドイツ語で「形」)が考えるところの「健康で成熟した人格」像を思った。

” A rose is a rose is a rose.”
バラはバラであるところのバラである。

「主よ。あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように」。(詩篇81篇11節)
「主に信頼する私だけが私である。それ以外の私はいない」と言い切れます。

posted by 優子 at 23:44| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

つかの間の雪景色


「外は真っ白や!」
私は夫の声で目が覚めた。
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今朝は8時頃までゆっくり寝たかったのにと思いつつカーテンを開けると雪! 雪は2センチほど積もっていた。

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嬉しくてすぐにカメラを取りに下りた。ユキも大喜び!

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二上山は薄っすらと白くなった程度だが、
昼過ぎの外出先から見えた金剛山は雪で真っ白だった。

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雲間から射す陽ざしに輝やく木々。

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ユキもさっそく雪遊び。

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雪のボール投げ!

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そして、僅かな雪でかわいい雪だるまを作った。
雪だるまを見て「チャッピーと雪だるま」を思い出した。

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これは2004年1月25日、チャッピーは4歳8ヶ月。
雪だるまは知子が作った。

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チャッピーはいのちの勢いが強かったのか、
毎年大寒頃の真冬から夏毛に生え変わり始めた。
この時もすでに暖かい冬毛がかなり抜け落ちている。

そしてこれは2011年2月11日。
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ユキは3歳7か月。
ユキもチャッピーもかわいかったね。
あの頃のユキとチャッピーに会いたいな。

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そして10歳7か月のユキが小さな雪だるまを作った。
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雪はまもなく完全に姿を消し、
ユキの雪遊びも夢のようだった。

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今朝は水道のパッキン交換のために水道屋さんが9時頃に来宅させるはずだったが、8時半頃電話が入った。すでに担当者は生駒方面からこちらに向かってくださっていたが、道路が凍結して渋滞のために10時までには行くことができないとのことで明日の朝に変更した。

水漏れがしているわけではないので急がないが、建築後19年にもなるといろいろとメンテナンスが必要なのだ。

IMG_0498.jpgそれにしても今冬は。これは8日に写したものだが、7日の朝から凍ったままだった。洗濯物を10時過ぎてから干してもすぐに凍ってしまった。

IMG_0493.jpg7日朝、水道管も僅かに凍結していた。たまたま蛇口をひねったところ水が出てこず「これは大変」と、少しだけ蛇口を緩めていたらしばらくして氷が飛び出してきた。

そういえば、チャッピーがいる時は朝に水を入れ替えてやる時に、ひと冬に何度かはホースに残っていた水が凍ってゴロゴロと音を立てて氷が出てきたものだ。

チャッピーが死んで2年3ヶ月経つともうこんなに忘れてしまうのか。いや、まだ2年少しだから思い出せたのだろうか。16年間の習慣だったのに・・・

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チャッピー最後の2015年元旦は冷たい雪が降っていた。ユキは徘徊するチャッピーの背に積もった雪を払ってあげたね。

ユキはこの冬もあの時と同じ上着を着ているのが嬉しい。もうこれ以上時間が過ぎないでほしいと思うのは、年を取った者の哀愁か・・・

今日の気温は(5度/−2度)だった。明朝の予報も−2度、水道屋さんは大丈夫かな?
posted by 優子 at 20:21| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

家の教会2018F −神に赦されて生きる―

IMG_0534.jpg2018年2月11日(日)  
       (2018第7回 家の教会
10時30分〜11時5分
出席者 3名        

@ 初めのお祈り  優子
A 主の祈り
B 子どもの讃美歌 「おおしくあれ」
C 聖書      主の祈り    
D お話      優子
E お祈り     1人ずつ
F 讃美歌     332番「主はいのちを与えませり」
知子は講演会出席のため全日外出。
お話:
天にまします我らの父よ。
ねがわくは御名(
みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧(かて)を、今日も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、
 我らの罪をもゆるしたまえ。
我らをこころみにあわせず、
悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、
限りなくなんじのものなればなり。
アーメン。

IMG_0522.jpg今朝も「主の祈り」を祈りましたが、私は時に「主の祈り」を祈る時、「われらに罪をおかすものを われらがゆるすごとく われらの罪をもゆるしたまえ」という箇所で立ち止まってしまう時があります。それは葛藤に苦しむときです。

人間というのは時として、「あの時、あの人にこんなひどいことをされた」、「それでも私はこのようにしてあげた」と思うことがあるのですね。一瞬であっても心の傷が疼いて鬱陶しい気持ちになります。

そのような時は、「われらに罪をおかす者を、われらがゆるすごとく」とは祈れなくて、心の中でそのように自己主張する自分が嫌で、「神さま、ごめんなさい」と申し上げるのです。

そしてまた常に思うのは、「われらに罪をおかす者を、われらがゆるすごとく」ではなく、まず最初に「われらの罪をおゆるしください」、「私の罪をおゆるしください」と祈りたいのです。まずお詫びせずにはいられないと思うのです。

そのあとでさえ、「われらに罪をおかすものを われらがゆるすごとく」と本当に祈ることができるのだろうかと思うことさえあるのです。

牧師の牧師と言われた植村正久は晩年の説教で、「私はこの歳になっても、まだ赦すことの出来ない人がいる」と告白し、説教を続けることができなくなったという有名な話があるそうです。
何があったのでしょうか。
植村正久ともあろう人物ゆえによほどのことがあったのでしょう。そうであっても、それではイエスさまのあとを往く者にふさわしくないと、内なる声に示されて絶句したのです。

また渡辺和子さんのお父さんは2.26事件で殺されました。渡辺さんは父を殺した人をゆるせるだろうか。人間は神さまのようにゆるせるだろうかと、生涯かけて神さまと対話してこられました。多くの著書で正直に心情を書いておられます。

「私には、一人の人間が他の人間を心から許せるだろうかというこだわりがあります。それは、大好きな父親を私の目の前で殺した相手に対して抱いている自分の正直な気持ちなのです。

『まだ恨んでいますか』と尋ねられれば、『いいえ、その方たちには、その方たちの大義名分がおありだったのでしょうから』と答えるのが常だった私には、その”敵の1人”と10年ほど前思いがけず一つのテーブルについた時、コーヒーが喉を通らなかった覚えがあるからなのです。

今でも、父の死を陰で操ったと思われる人たちの家族に対してのわだかまりはとけていません。

心から許すなどということが、人間に果たしてできるのでしょうか。イエスさまにはそれがおできになりました。―神さまですもの。でも、私には、どうしても心の片隅にこだわりが残ってしまい、そしてそのことで苦しむのです」。

※ 私は渡辺和子さんが、「ゆるす」を「許す」という漢字で表現されているのは意味があると理解しています。罪を赦すことができるのは神さまだけであり、人間ができるのは「許す」ことであると。

しかし、晩年には父親を殺した人の墓前で祈り、その弟さんと食事をされました。生涯をかけて主イエスの前で真摯に自らと向き合ってこられた方ゆえの姿であると、私は深い感銘を受けました。求め続ける者には、神さまがそのようにさせてくださるのです。

マタイは、「わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。」(6章12節)と記し、ルカは、「わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちのをもおゆるしください。」(11章4節)と記しています。

「負債」とは「借金」ですが、広義で「負い目」を意味し、人との関係で生じる罪を示す言葉です。
イエスさまは「まずあなたから赦しなさい」と言われるのです。そして、「7の70倍ゆるせ」と言われました。私たちは1万タラントの負債を赦された人の譬えを忘れてはいけないのです。

あるいはまた、この箇所から「ゆるさないとゆるされないのか」と思われるかも知れません。確かに文面では、まず自分が人をゆるさないと神さまの赦しを得られないように受け取れます。しかしながら、もしもそうであるならばイエスさまの十字架の贖罪、福音とは正反対のものになってしまいます。

私はかつて受けた非道な出来事を思い出して悶々とすることがありますが、そのような時も裁きの神ではなく、イエスさまの慈愛に富んだまなざしを感じることができることも感謝です。

IMG_0551.jpgそして今まで以上に、主イエスを信じるということはイエスさまの十字架の一事に尽きるということがわかります。
イエスさまは私が受けるべき罪の身代わりになって死んでくださったということ、本当にこのことがわかっているかどうかなのです。

私たちも「ゆるします」という正直な祈りを捧げても、相手が全く改善することなく長い年月繰り返され続けると挫折します。また、過去の出来事が思い出されて落ち込み、ゆるすと決意しても実践することの至難さこそが人間の現実です。

だからこそ、そういう自らの弱さを認めて自分自身と向き合い、主イエスに助けを求め続けることが生きると言うことではないでしょうか。

まず神さまが私たちを何度も何度も赦してくださっていることを思い出して一歩踏み出すのです。その数えきれない葛藤と赦しの中で人は変えられていくのだと信じられるのです。

渡辺和子さんほどの過酷な悲しみと憎しみではなくても、私たちは人をゆるせなくて悩み、しかし、主イエスと共に生かされて行く時に、この私もまた「このようにして神さまがさせてくださるんだなぁ」と思わされることがあるのです。

イエスさまは言われました、7の70倍ゆるせ、ゆるし続けよと。 
そうです、私たちも神さまに無限に赦され続けているのです。そのことを思い出さねばならないのです。思い出すと醜い葛藤から短時間で解放されることでしょう。そのことをもう一度自ら心に刻みます。

イエスさまが私のために身代わりになって死んでくださり、そのことによって私は赦されたのです。かくて、「われらに罪をおかすものを われらがゆるすごとく われらの罪をもゆるしたまえ」感謝と希望をもって祈ればよいのだと思いました。主イエスはその祈りを喜んで聴いてくださることでしょう。

私たちは祈るたびに神さまからどんなに赦されているか、どんなに愛されているのかを思い出し、祈るたびに神さまが与えてくださる真の平安の中で、このような闘わねばならない闘いから逃げないで信仰によって勝利させていただきましょう。

IMG_0564.jpg「生きることは 愛すること、愛することは 理解すること、理解することは 赦すこと、赦すことは 赦されること、赦されることは救われること」。

私の生活信条もこの通りであると告白します。

附記:

IMG_0569.jpg午後はサッカー教室へ。サッカーに行く前も寒風の中、2重跳びの練習に余念がない。

今日の会場は山の上にある校区の中学校のため、おじいさんと自転車で行くことになっていたが、休み気味のクラスメイトに出席するからと誘われて子どもたちで行った。

今日から新しいサッカーウェアを着用した。

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ユキはネックウォーマーをかぶっている。
サッカー教室では、4・5・6年生は上級生。
向こうに1・2・3年生が集まっている。

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(サッカーボールはどっちかな)
写真では活躍していないが、
今日は(or 今日も?)1回シュートを入れたそうだ。

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「3連休の中日。○中で真冬のサッカー!
昨日雨一転今日は青空満開の気持ちいい日でした! 」
でも、最高気温7度で強風が吹く寒い寒い1日でした。
posted by 優子 at 16:40| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

4年生最後の参観日 ―2018年2月は人生の新しいページがめくられた時―

この1年は特にあっという間で、昨日は早くもユキの4年生最後の参観日だった。授業は総合学習で、10歳ということでクラスで「二分の一成人式」が行われた。

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IMG_0553.jpg児童は1人ずつ前へ出て、絵の裏に貼ってある親への感謝の気持ちを読んだ。私たちにも披露してくれた。

絵は、ボールをシュートしているのがユキだって!


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幼稚園卒園前にお母さんを亡くしたMちゃんはどんな気持ちだったのだろうか、最初に聞いた時に思ったことだった。

保護者に前もって我が子へのメッセージが依頼され、それを当日各児童に手渡されたという。私はそれがいつ頃用意されたのかも知らなかったし、常に多忙な知子ゆえに話題にでることもなく昨日初めて知った。

保護者への課題は1月半ばに出されたそうだが、「そのようなことを考えたり書けるような情況ではなく、何度も会社へ持って行き、昼休みに書こうともしたが書けなかった」。

確かに私たちは年末年始もなく1月15日には私も会社へ出向いている。株主総会はユキの体調(1月29日は風邪気味で欠席)を重んじて私は出席するのを断念した。

昨日知子より一足先に帰宅したユキに、「これなあに?」と目に留まった茶封筒に触れようとすると「見たらダメ!」と言われて見なかったのだが、ユキの気持ちを尊重して引き下がったのがいけなかったようだ。

というのは今日家族で団欒している時に、ユキが「おばあちゃん、関心ないみたいだったから」と言われ、そんな気持ちは微塵もなかったので驚いた。そして今、この記事を書くにあたり初めて読ませてもらった。

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前日には折り紙で作った花を胸に飾ろうと先生が提案されて、折り紙が得意なユキがみんなに折り方を紹介したという。「みんなに分かるように説明するのはむずかしい」と感想を話してくれ、とても良い体験をさせていただいたと私は微笑みながら聞いていた。

IMG_0494.jpgその花とはこれだ。花を両面テープでくっつけて、くす玉の形に仕上げる。ユキはこれまでにいくつも作っている。これもまた自分で検索してユウチューブを見ながら習得したものだ。

これは2月7日に作って8日に持って行ったものだが、参観日の本番では5弁のうちの1つを胸に挿した(?)そうだ。

色上質.jpgこれは折り紙で折ったものではなく、日本製紙の色上質のメモ用紙で作っているので、折り紙より硬い。
この年末年始に次女夫婦が帰国中、ユキはフー(次女の伴侶)に伝授し、フーも花のくす玉をワシントンへ持って帰った。

ユキの近況と言えば、2月に入った頃から二重跳びに夢中だ。学校から帰宅すればすぐに縄跳びの見学依頼の声がかかる。今週初め、ようやく複数回跳べるようになり、新記録更新に夢中になっている。

昨日は大多数のお母さんのように夕方にママが居て嬉しかったことだろう。知子が懇談会を終えて帰宅するまで、ユキは1時間以上も服も着替えずに待っていた。

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IMG_0542.jpg知子は「1度できればすぐに100回跳べるようになったよ」と励ますが、ユキは跳んでいるあいだ呼吸するのを忘れているので10数回で終わってしまう。
それにまだまだ高く跳び上がりすぎで、これでは体力を消耗してしまう。
ユキの嬉しそうな顔!
ユキはやっぱりママが居ないのを我慢しているんやね。

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霧雨だったので短い散歩に出た今朝も
ユキは途中で2重跳びに挑戦していた。

久方ぶりの4人揃っての散歩だったが、まもなくマイペースな夫と別れて知子と2人で歩いた。

夕方、私たち夫婦は知子から重要な報告を聴いた。ようやく長かった百戦錬磨の闘いに終止符が打たれたと思った夫が変えられていっていることを感じるが、これからも神さまに委ねる。

相手がどうであれ知子は「突き抜け」た。これも一つの解決であり、体得したバウンダリーズを実践して、より一層の高嶺に登って行くことであろう。今、人生の新たなる出発した知子、私たち家族にとっても2018年2月は記憶すべき節目となるであろう。良輔にとってもそうであれかしと祈る。

フランス語の ”noblesse oblige ”(ノブレス・オブリージュ):「地位や身分には高潔さと義務が伴う」という言葉と、「小事に忠実な人は、大事にも忠実である」(ルカ16章10節)を実践している知子。

神さまは忠実に責務を果たす知子をこれからも豊かに祝福してくださると信じる。
よくやった、知子!!!

附記:
参観日に知子はRちゃんママと会い、短い時間だったが言葉を交わした。2017年4月15日、2歳の坊やを1年半ちかく脳死状態の末に亡くされたRちゃんママ。その後赤ちゃんを授かったのだが、もう2度と学校へ行くことはできないと深い悲嘆の中におられた。

それでも昨秋のオープンスクールの時は学校まで来られたが、校門をくぐることなく戻られたという。そしてこの日、4年生最後の参観日に赤ちゃんを抱いて出席された。神さまが立ち上がらせて伴ってくださったのだ。

posted by 優子 at 23:21| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年02月05日

冬の散歩道で C ―イソヒヨドリがいたよ!―

今日は寒さに加えて強風で猛烈に寒い。それでも雲が切れて陽ざしに誘われて20分ほど歩いた。防寒着の上にもう一枚ウインドブレーカーを着たので寒くはなかったが、毛糸の帽子も飛ばされるほど強い風。帽子の上に防寒着のフードをかぶっても、血圧が上がって行くような冷たい風だった。

しかし、出た甲斐があった。私は初めてイソヒヨドリを3〜4メートルの間近で、しかも数分間も見ることができた。

今日のヒヨドリ.jpgこれはヒヨドリ。
この下に鳩がいた。(最後の写真)

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              そして、これがイソヒヨドリ。
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IMG_0449.jpg背中も青い。
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     IMG_0462.jpg  IMG_0464.jpg

真智たちが帰ってから1.5キロも太ってしまった56キロの体重でも風で飛ばされそうな撮影だった。もっと性能の良いカメラならば最高の写真が撮れただろう。

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今朝のヒヨドリを撮った同じ時に、その下で
風をまともにうけながら長い間寒さに耐えていた。

附記:
午後、キャラメルを食べていたら歯の詰め物が取れて、ユキの帰宅後すぐに歯医者さんへ。もう30年ほど前のものだったが、1回で治療完了! 信頼できる歯医者さんがおられるので感謝! 
2ヶ月ほど前の昨年12月には、硬いおかきを食べている時に歯が欠けて、しかもそれを呑み込んでしまってお世話になったところだった。 
posted by 優子 at 18:14| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年02月04日

家の教会2018E −パウロのギリシャ伝道―

IMG_0421.jpg2018年2月4日(日)  
       (2018第6回 家の教会        
                        10時20分〜55分
出席者 4名
奏楽:知子
@ 初めのお祈り  優子

A 主の祈り

B 子どもの讃美歌 「神さまがわかるでしょ」

C 聖書輪読    使徒行伝 17章22節〜34節

D お話      優子

E お祈り     優子、良輔、幸悠。

E 讃美歌     312番「いつくしみ深き」

使徒行伝 17章22節〜34節:

17:22 そこでパウロは、アレオパゴスの評議所のまん中に立って言った。
「アテネの人たちよ、あなたがたは、あらゆる点において、すこぶる宗教心に富んでおられると、わたしは見ている。
17:23 実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。
17:24 この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。
17:25 また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、
17:26 また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。
17:27 こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。
17:28 われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、
『われわれも、確かにその子孫である』。
17:29 このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。
17:30 神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。
17:31 神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。
17:32 死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、またある者たちは、「この事については、いずれまた聞くことにする」と言った。
17:33 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。
17:34 しかし、彼にしたがって信じた者も、幾人かあった。その中には、アレオパゴスの裁判人デオヌシオとダマリスという女、また、その他の人々もいた。

お話:
ギリシャはソクラテス、プラトン、アリストテレスを初め、ヘラクレイトスにピタゴラスやタレス・・・とか、数多くの哲学者を生み出した国です。その中心地であるアテネで、パウロはギリシャのあらゆる哲学思想とその文化を前にして説教を始めました。

「アテネの人たちよ」というのは、まさにソクラテスやプラトンがアテネの人々に呼びかけた言い方と同じです。16節に、「パウロはアテネで彼らを待っている間に、市内に偶像がおびただしくあるのを見て、心に憤りを感じた。」とありますが、彼らを批判するのではなく偶像崇拝するギリシャ人の心の内を理解して、まことの神への信仰へ導くべく話しました。

まず(24・25節)ギリシャ人の神観の間違いを正そうとしました。ここを読んでいると日本人も同じだなあと思います。というより、人間の考えることは国や時代を越えて同じだと気づかされます。

人が「カミ」に水や食べ物を与えて養わねばならないこと。そして、共通しているのは汎神的(簡単に言えば、神と自然を同じとする一元論的、かつ、非人格的)であるということです。
人間は唯一の神を求めるのではなく、人間に都合の良い「カミ」を作ったのです。これまた万国共通です。

28節の「われわれも確かにその子孫である」という言葉は、B.C.3世紀のアラツスの詩の引用だということです。ギリシャ人に旧約聖書の引用は無意味と思ったからでしょう。これもまたギリシャ人にはギリシャ人の立場に立っての話し方でした。

そして次に(30・31節)救済観を述べるのです。神さまはキリストをとおして人類の審判と救済が告げられましたが、復活の話になると彼らは信じがたく嘲笑したのです。

偶像崇拝が万国共通であれば、福音もまた多くの人の嘲笑でしかなく、心に届く人は僅かであることも時代や国を越えて今も同じ、「十字架の言(ことば)は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。」というみことばのとおりですね。

この時代のギリシャではかつてのように熱心な真理への探究心は堕落し、聴衆は救いを求めてではなく、好奇心から新しい考えに耳を貸したにすぎなかったのです。

しかし、そんな中にも幾人かの人が救われました。その人たちは自己洞察できる人ゆえに、自らを「弱い者」であると自覚している人、自らの罪を知る人たちだったのでしょう。

本当にごく僅かな人の心にしか届かず、パウロのアテネ伝道は失敗に終わったのですが、パウロの伝道は無駄ではありませんでした。その後ギリシャはキリスト教を国教とする国になりました!

私たちもその時はガッカリした結果であろうとも、すべてを握っておられるのは神さまなのですから、尊い働きを決して無駄にはなさらない神さまを思い出して元気を出しましょう!

キリスト教を大きな枠組みで見ると、カトリック、プロテスタント、正教会の3つに分派しましたが、ギリシャ正教は即ち正教会のことでありロシア正教も同じです。

ギリシャではパウロは自らがユダヤ人であることを忘れて、ギリシャ人の立場に立って言葉や知恵を用いてアテネ伝道しました。パウロはギリシャでの失敗といえる経験から、次のコリント伝道は主イエス・キリストの十字架のみを語ることにしたのです。

福音は哲学ではなく、あまたある宗教とも全く異なります。福音は人間が考え出したものではなく、神さまから出たものだからです。その意味からも「知」の最たるものでもあるのです。

ついでながら、「哲学」は英語で " Philosophy "といい、ギリシア語で "Philosophia "(フィロソフィア)。「ソフィア」とは「知」で、「フィロ」は「愛する」、即ち、「哲学」とは「知を愛する」という意味です。 

今日の箇所から私は伝道について考えさせられました。
福音を道徳として語るならば多くの人が共感します。しかし、イエスさまの十字架と復活こそが救いの中心であり福音のいのちです。私はこの福音を私が経験した生きた言葉で伝えたいです。
posted by 優子 at 12:58| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

冬の散歩道で B  ―冬芽と越冬中の蝶を発見!―

寒気が居座り最低気温は−4度から0度、最高気温も平均4度と寒いが、体調の良い時は思い立って時々散歩に出る。こんな冷気の中でも鳥は元気に飛び交い、植物はいのちを吹き出しつつ万物復興の時に備えて生命の力を蓄えている。

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庭のシュウメイギクの新芽が顔を出している。
正しくは「冬芽(とうが)」と呼ぶそうだ。

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寒さに耐えるために毛で覆われている。

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紫陽花の冬芽。

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この紫陽花はすでに青い葉の新芽になっている。
このほかいろいろな冬芽があったが冬芽はこれにて終了。

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鮮やかなナンテンの実。

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近くにいくと20羽以上もの鳥が一斉に飛び立った。

ENAGA.jpg学校から帰宅したユキに写真を見せた瞬間、この鳥はエナガと教えてくれた。
これがエナガ(ネットより拝借)


次は近隣宅の垣根で見つけた越冬中のウラギンシジミ!
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ウラギンシジミ越冬.jpg
12月の初めだったと思うが、ずっと気になって見ていた。いつも同じところに止まっている。今、調べてみるとウラギンシジミという蝶の越冬姿だとわかったので、パソコンを開いたまま写真を撮りに走った。

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蝋細工のような花、蝋梅(ろうばい)は下を向いて咲く。

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「地とこれに住むすべての者が揺らぐとき、わたし(神)は地の柱を堅く立てる」。(詩篇 75篇3節)
この世界には、揺らがないものはありません。時代も、社会も、道徳も、愛も、希望もみな揺らぎます。その揺らぎの中で、多く人たちが転倒します。しかし、主を信じる者は揺らぎません。地は揺れ、社会が混乱しても、主が堅く立てられた「地の柱」に、しっかりつかまるからです。揺れ動かない者が、いつの時代も勝利者です。
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「兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください」。(ロマ書 15章30節)
あなたは、「私のために切に祈ってください」と人に頼んでいますか。祈りの力を体験的に知っている人は、自分が危機にある時、あるいは大事をなすとき、人にも真剣に祈りを要請します。また、人から祈りを頼まれたら、切に祈ります。

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「あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています」。(ロマ書 15章29節)
私たちの務めは、キリストの祝福を人々に運ぶことです。そのために、主に選ばれた者です。祝福とは永遠のいのち、罪の赦し、霊の覚醒、聖霊の賜物、和解、平和、生活の必要の満たし・・全ての良きことです。祝福するとは、祈ること、与えること、助けること、導くこと、励まし慰めることです。

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「私たち力のある者は、力のない人たちの弱さを担うべきです。自分を喜ばせるべきではありません」。(ロマ書 15章1節)
自分を喜ばせることだけを考えている人は、いつまでも心満たされません。キリストは与えることを喜びとなさいました。人を助ける喜びこそ、成熟した者の喜びです。人の心は、受けるよりも与えることで満たされるように、造られているのです。人の弱さを担う力があることを喜びましょう。

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「神よ。私たちをもとに返し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます」。(詩篇 80篇3節)
学業や仕事や結婚に失敗しても、人生の失敗したわけではありません。思い返すたび悔やまれて心が苦しくなっても、まだ人生の失敗ではないのです。ただ、心を頑なにして悔い改めなければ、失敗を繰り返します。自分の誤りや罪を告白し、主に立ち返れば、主はその失敗に取り返しをつけてくださいます。

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「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです」。(ロマ書 14章17節)
神の国とは神の支配のことです。神の支配に委ねると、心は恐れから解放され、聖霊による喜びで躍動します。しかし、この世の事に心を支配されると、「飲み食いのこと(衣食住やお金)」で振り回されます。世の思い煩いに主導権を渡してはなりません。「主よ、私を御支配ください」という祈りで、一日を始めてください。
以上、みことばはキリスト栄光教会より
posted by 優子 at 22:20| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

世界を覆い尽くした資本主義

1月31日朝9時からBS1スペシャル「欲望の資本主義2018〜闇の力が目覚める時〜」の再放送があった。何気なくかけていたテレビに目をやっていたら、特に経済に関心があるわけではない私も引きずり込まれる内容だった。理解できる範囲でしか理解できないのは自明だが、私なりにも感じること大なりだった。

「経済の在りようが人間の在りようを決める」。
この言葉を聞いた時、次女が大学の卒業論文「あとがき」に書いていたことを思い起こさせた。

「大学で経済学を学ぶことを決めたのは、日本史から人間の群像が見えた時であった。高校生だった私は、時代を遡っても共通する人間の姿や経済に強い興味を抱いたのである」。

真智は経済哲学(?)のスタンスで学究してほしい。これは1月3日に放映されたというから、次女夫婦が滞在していた時だ。一緒に観てどんな感想を言うのか聞いてみたかった。

もう一つ感じたことは会社経営について。どの時代においても企業は30年以上同じ形態で存続することは難しく、ましてやすっかり変わってしまったデジタル社会の現代においては、経営終結の落としどころを見据えて舵を切らねばならないと思った。

マルクス、ケインズ、アダム・スミスについても名前を知っている程度であるが、今回初めて耳にしたシュンペーターの理論や人物像に興味を持った。

以下は私のメモ:
▼ マルクスは「資本主義はその矛盾ゆえに滅びる」と言っている。

▼ 2015年末に悪魔の幕が開いた。悪はポジティブな力。「外側」がない悪が生まれる。悪は個人に生まれるのか、社会に生まれるのか?

▼ 資本主義はどこまでも拡大し「成功ファースト」を追求するため、同じことをしていてはダメで、例えば「CO」など、今まで見えなかった所に目をつけて価値づける。

▼ シュンペーター(Schumpeter・革新が経済を成長させることを説いた経済学者)は、金を王に譬え、王を王と思うのは皆が王と思っているからで幻想ほど強いものはないと資本主義のゲームを説いた

▼ ケインズは失業が社会の最大の不安とした。貨幣を月に譬え、人は手の届かないものに憧れる。

金が道具ではなく目的になってしまう。使うためのお金が貯めるためのお金になり、逆転した時に人はお金の奴隷になる。

金融資本主義。資本の増殖を求めて、政府と銀行の関係は互いに共生する生物のよう。

▼ 資本主義に与えるエネルギーは共産主義や社会主義のエネルギー。

▼ スティグリッツ曰く、インターネットの世界はアダム・スミスの「見えざる手」が働いている。フェイスブックは統計に反映されていない。他人に24時間追い立てられることはそれほど幸せなことか?! 何が価値を決めるのか?!

▼ マルクス曰く、「なぜ金と物が交換できるのかわからない」。商品が貨幣になる命がけの跳躍。 価値は主観的であり、価格は客観的、価値を交換し続けるゲームの中で我々は踊り続ける。お金を使っているつもりでお金に使われている。

▼ 創造力の追及が新たな義務となった。ロボットの時代、創造的でなければ死ねと言われ、経済のルールに支配されつつある。テクノロジーが経済のルールを決めていく。マルクスは「機械怪獣」に気づいていた。

▼ 経済の在りようが人間の在りようを決める。シュンペーターはマルクスの書に見出した闇の力とはこれなのだ!!!

▼ 新しいテクノロジーは過去を破壊している。楽しいはずの創造が義務になれば苦しくなる。働くのは何のため?!

▼ 仕事でアイデンティティを得ている人が多くいる。彼らは働かないのは余暇ではなく失業と取られるから、働かないことに恐れがある。しかし、この大きな問題に向き合おうとしない。

▼ 今後ますます自動化で仕事が減り、労働時間は長期的には週20〜25時間になる。では、所得はどうなるのか?

ニクソン時代にベイシックインカム(basic income・政府がすべての国民に最低の生活を保障する所得を定期的に支払う政策)が導入されるはずだったが、レーガンとサッチャー出現で成らず。

試験的に実施していた結果はすべて良く、離婚率も上昇していなかった。ベイシックインカムが導入されていたならば、その影響は計り知れぬものだったという。

▼ 世界を覆い尽くした資本主義。
富はコンツェルンに。競争原理は働かず、競争なき社会は土台である社会制度を揺さぶり、自らの存続不能に陥る社会に入る。

儲けるという欲望がなくなると社会主義になる。しかし、経済が永久に成長し続けることはなく、ここから抜け出せる道を見つけ出せるかどうか。

更に多くの矛盾を生み出して人類を滅ぼしてしまう。人間世界の滅亡は、いつか本当にやって来るだろう。

資本主義は批判を受け入れられる唯一のシステムだ。ルールを決めるのは私たちの時代の欲望である。
人間の欲望。
人間について考える時、改めて「欲望」というのが大きなキーワードであると思った。その欲望があらゆる分野に向けられて蛮行をくり返していたのだと、人間の実相の淵を覗いた気がする。

posted by 優子 at 20:07| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

家の教会2018D −「受けるより与えるほうが幸いである」―

IMG_0332.jpg今日も−3度、5度と連日同じでも、日に日に寒くなっているように思うほど寒い。二上山・雄岳も薄っすら雪化粧。

知子は朝から全日のセミナー参加のため不在。
2018年1月28日(日)  (2018第5回 家の教会        
                       12時25分〜12時50分
                              出席者 3名 

@ 初めのお祈り  優子、幸悠。

A 主の祈り

B 子どもの讃美歌  82番「おおしくあれ」

C 聖書輪読    使徒行伝 20章28節〜35節

D お話      優子

E お祈り     一人ずつ

F 讃美歌     448番「み恵みを身に受くれば」 

使徒行伝 20章28節〜35節:
20:28 どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。
20:29 わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。
20:30 また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。
20:31 だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。
20:32 今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。
20:33 わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。
20:34 あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。
20:35 わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。
お話:

使徒行伝は、ルカがルカ伝の続編としてA.D.80年頃に書いたもので、ルカ伝同様にテオピロに捧げています。その内容は、ペテロとパウロを中心とした使徒たちの福音伝道の記録です。そして今日開いた箇所は、パウロがエペソ伝道でエペソの長老たちに推奨しているところです。

「受けるよりは与える方が幸いである」。これも多くの人が知っている有名な言葉ですね。パウロはイエスさまが語られた言葉であると言っていますが、どの福音書にも出てきません。

「受けるよりは与える方が幸い」をユキに分かりやすく言えば、「もらうよりもあげるほうが幸せ」と言うことになろうかと思いますが、イエスさまは何を言おうとされているのか考えてみたいと思います。

「与えるほうが幸い」というのは、経済的に豊かでないと人に与えられないから、与えられるのは幸せだと言っているのでしょうか。しかし、パウロは「わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。」と言っているように、決して経済的に豊かであったわけではないことがわかります。

この頃は誕生したばかりのキリスト教会ですから、ユダヤ教的な考えから躓く人もいたと思われます。というのは、ユダヤの律法学者は律法を教えることで報酬を得てはいけないという決まりがあり、熱心なパリサイ派の律法学者だったパウロは、人を躓かせないように「自給伝道」を実践したのです。

私たちもパウロのようにイエスさまの教えに倣いたいと思うのですが、どうでしょうか。なかなか難しいですね。特に若い頃は獲得の人生と言いましょうか、自ら経済的に自立し、結婚すれば家族を養っていかねばならず、何事につけ他者への思いやりは、年を重ねた今よりもなかったように思います。

そして50歳になる頃から、それまでの獲得の人生から手放していく生き方に変わっていくのだと思うのですが、私は初めてこの言葉を読んだ時、この教えをクリスチャン倫理の原則として禁欲的に受け止めたように思います。

しかし禁欲的に倫理を実践するなど、全く愛のない行為であり、それさえも実行するのは至難です。ただし注意しなければならないのは、受けることが悪いと言うのではなく、受けるのも恵みであり感謝です。人は互いに与え合い、互いに受け合って生きているのです。祈り合うこともそうです。

でも、「受けるよりも与えるほうが」と言っているように、与えることは受けることよりももっと幸いだと言うのです。イエスさまこそが徹底的に自らを与え尽されたご生涯でした。

しかも「与える」とは何も金銭や贈り物だけではありません。自分にできること、自分の能力や時間を困っている人のために用いることも「与える」ことであり、神さまが一人ひとりに与えてくださっている賜物を用いることは大いなる愛です

それらを自分のためにだけ、自分の愛する人のためにだけ使わないで、悲しんでいる人や困っている人に用いさせていただく時、与えられた時よりもはるかに多くの喜びに満たされます。

福音を与えられて主イエスと共に生かされる神の恵みは、どんなことからも奪い取られることはありません。パウロはそのことを本当に知っていたから実践できたのです。

私たちも弱い人々のために心から与える者となりたいです。イエスさまの福音が深く我が身に浸透していくときに、私たちは愛の人に変えられていくのだと思います。

最後に三浦綾子さんのこんな言葉が思い浮かびました。三浦さんは『銃口』という作品の登場人物に、「どうしたらよいか迷った時は、自分の損になる方を選ぶといい」という言葉を語らせています。深い言葉ですね。

今週も毎日毎日を丁寧に生き、関わる人に愛をこめて悔いのない人生を生きたいと心から願っています。

posted by 優子 at 16:42| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

真冬の光景

IMG_0305.jpg−2度に5度だった昨夕、ついにユキの待ちに待った雪が降って来たが、20〜30分で止んでしまい、夜半まで残っていた手すりの雪も今朝は消えていた。


IMG_0309.jpgそれでも土のところは微かに雪を残し、白く飾られ土だとチューリップの芽は見つけやすく、いくつも顔を覗かせていた。
この写真より全てユキが撮ったものだ。

今朝も−4度まで下がり、最高気温も6度と寒い一日だった。
寒さなど平気なユキと夫は2時間以上も散歩に出た。

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スズメの集団が一斉に飛び立ち、
かろうじて写っているスズメたち、ステキ!

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池は全面凍っていて、氷の上に雪が積もっている。

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柿を食べるメジロ。

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そして、午後はサッカー教室へ。ユキのおじいさんは超元気。
午前中に2時間歩き、午後は山の上にある中学校へ自転車で送りに行った。勿論、電動ではなく普通の自転車で! これもユキのリクエスト。
帰ってくるとすぐに私と毎週の日課の食料の買い出しに。今日は4軒ハシゴした。
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今日のサッカー教室のブログには、「受験が終わって久しぶりの6年生も参加してくれました。」と記されていた。中学受験か・・・この小学校では半数が私学へ進むそうだが。

白いハイソックスの子がユキ。サッカーの帰りは一人で帰宅。みんな大きくなったね。明日は9時から小学校で練習だ。
posted by 優子 at 22:12| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

凍てつく寒さに春の色

IMG_0286.jpg散歩道のせせらぎはお昼前でも凍ったまま。東京では48年ぶりの寒波とか。当地でも今朝の最低気温は−4度、最高気温は昨日同様4度止まりだった。関西で最も下がったのは生駒山の−8.8度だった。

起床して窓を開けると結露が凍ってバリバリと音を立てた。頭痛がした。案の定、血圧が153と高かった。

「新潟、ずるい!」「秋田、ずるい!」「ユキのとこ、いっこも降らへん」と、天気予報を見てはガッカリするユキ。童心に感激しつつも雪が降ると大変。昨秋から続く高値の野菜も、雪が積もると葉物野菜は収穫さえできなくなってますます品薄になる。

連日暖房のききが悪いほどの寒さだが、今朝は風がなかったからか覚悟していたほど寒くはなく、陽ざしがあったので少しだけ歩きたくなった。血圧は137、これならば大丈夫だろう。

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このカボチャ捨ててあるのかなあ?

やはり冷気で頭痛がしてきたので帰路につこうとした時、途中で見慣れない老婦人が気になり、通り過ぎようとしたが神さまの視線を感じて声をかけた。

困っておられたので自治会長の家へ伝令し、すぐに戻って会長さんが来られるまで話し相手になり、その後も20分ほど説得して、ようやく腕を支えながらご自宅まで送った。
その途中で地域包括支援センターの方が来てくださったが、自宅前にたどり着き、まもなくその方に託した。

老婦人の認知症はごく軽度であり、家族の人間関係の問題を話しておられないので誤解されるような会話になるのだと思う。いろんなことを考えさせられた。2週間前に義母のことで訪問してくださった女性だった。

寒い中、1時間も関わっていたので体調を心配しながら帰宅した。

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こんなに寒いのに桜が蕾をつけていた。
ピンボケでうまく写せなくて、夕方にもう一度ユキと撮ってきた。

IMG_0251.jpgこの鮮やかな緑と黄色は春の色。先週末、いつも利用する地元野菜の直売所で買ったアスパラ菜。
あまりに美しいので料理に使うのに躊躇したが、青物がないので八宝菜の仕上げに中華鍋に入れた。

青物と言えば、アメリカには小松菜がないからと、次女夫婦が帰国する時は多い目に買い求める。お鍋の青物も菊菜(春菊)ではなく小松菜だ。

この店のは殆どが無農薬で作られており、しかも市価より少し安い。この年末は次女夫婦が一緒だったので生協の共同購入分だけではなく、その店でも8袋追加し、日本を発つ朝食にも小松菜を欠かさなかった。

次女夫婦が3週間前までここにいたとは思えなく、しかしまた、もっともっと長い時間が経ったようにも思うのは、日々の出来事の濃密さか。寒気は明日も続くそうだ。
posted by 優子 at 23:21| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

家の教会2018C ―十字架の音信 「愚かさと躓き」―

IMG_0198.jpg2018年1月21日(日)   
      (2018第4回 家の教会)

8時55分〜9時25

  出席者 4

奏楽:知子


@ 初めのお祈り  優子
A 主の祈り                           スズメ
B こどもの讃美歌 「神さまがわかるでしょ」
C 聖書輪読    Tコリント 1章18節〜25節
D お話      優子
E お祈り     1人ずつ
F こどもの讃美歌 74番「神のお子のイエスさま」

コリント人への第一の手紙 1章18節〜25節:
1:18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。
1:19 すなわち、聖書に、
「わたしは知者の知恵を滅ぼし、
賢い者の賢さをむなしいものにする」
と書いてある。
1:20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
1:22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
1:24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。
お話:
ユダヤ人は、ローマの支配から解放してくれる力強い者を求めていましたから、十字架に磔(はりつけ)にされて殺されてしまう神は認められず、十字架が躓きになりました。

また、知恵を求めるギリシャ人にとっては、救い主が十字架上で死ぬなんて筋の通らない愚かな教えであり、世の人々にとってはイエスさまの教えは愚かな福音でしかなかったのです。

しかし主イエスを救い主と信じる私たちにとっては、だからこそイエスはキリスト(救い主)である「しるし」であり、ここにこそ神の知恵が顕れているのです。

なぜならば、イエスさまは神さまであるから十字架上から飛び降りることもできました。しかし、私たちの身代わりになって十字架にかかって死んでくださったからです。

まさにそこが知性や理性では理解できないのです。罪人である私たちは何も罰せられなくて、身代わりになって死んでくださったなんて、そんなこと理性では考えられず、理屈に合わないのです。

修行や難行を積めば救われると言われれば理解できるのですが、善い行いをしたから、あるいは、能力があるから救われたわけではありません。

このように知恵や理性には限界があり、己が低くされて、自分の無知と無力を知った者が神さまの圧倒的な愛に気がついて、救いに入れられるのです。

自分の無力さを知っている者は、生きている限り何度も何度もそのことを思い出しては神の愛に立ち返らされて、主の平安と喜びを味わいながら、人々との関係も豊かにされていくのです。

私はそのような人生を生きたいです。それで主イエスを信じて生きる人々は、イエスさまの十字架の福音を宣べ伝えているのです。
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2018年1月13日(土)夕方。
知子がサッカーを終えたユキを迎えに行った帰り、
ムクドリ.png
パン屋さんの前から撮ったもの。
鳥の大群はムクドリだったという。
向こうの電線にもいっぱい! 私も見たかったなあ。

posted by 優子 at 15:56| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

ブルンナー読書会P ―十字架の愚かさと躓き―

IMG_0222.jpg今回から知子も加わり、オールメンバー4名に戻っての読書会である。とはいえ、知子は今も心身共に疲れ切っているためにテキストを読むこともできずに参加した。

そして、幸悠をサッカー教室会場(中学校)へ送りに行っている知子の帰りを待ってくださって開始した。

今日はエーミル・ブルンナー著『フラウミュンスター説教集T』の6回目、説教のタイトルは「十字架の愚かさと躓き」。

14時頃〜16時20分。
讃美歌239番(知子の奏楽で讃美する)、聖書輪読、お祈り(優子)。

コリント人への第一の手紙 1章18節〜24節:
1:18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
1:19 すなわち、聖書に、
「わたしは知者の知恵を滅ぼし、
賢い者の賢さをむなしいものにする」
と書いてある。
1:20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
1:22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
1:24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。

【感想】
この説教で最も深く頷かされたところは、「自分自身を追求し、自分が称賛されることを求め、立派であろうとする。自分の力で最高のものを獲得しようとする」という指摘であり、これが人間の実相だ。

「悪の根源、罪の実体は、われわれが高貴な事柄に携わっていても罪が姿を現してきて、慈善的な行為の中にも、倫理的な最高の努力の中にも、いやそればかりか信仰や祈りの中にまで侵入してくる」という指摘は非常に鋭く、読む者の心深くまで探られる。

「ひそかに名誉と称賛とを渇望しているこの『私』は絶えず存在し続けている」ことを、私も知っている。集中できない祈りの時にそのような自意識が浮上してくることがあり、「神さま、これは私の本心ではありません。そのことはあなたがご存知です。どうか解放してください」と悶え、祈る。

これについてブルンナーより解答を得て、これまで歩んできたとおりに歩んでいけばよいと裏打ちされたようで心強く感じた。

即ち、「われわれが信仰によって神の愛の中へ繰り返し入れられれば入れられるほど、頑固な罪人であるわれわれにおいても新しいことが生起する。信仰のうちにあって絶えず神の恵みを与えられ、それを素直に受け取る者、そのような人にあっては、この膨れ上がった『私』は砕かれ、この高慢はなくなる」ということだ。

しかしもし、主イエスの恵みを知らずに、その「私」に焦点を当てて探求し続けたならば、自分自身を見失い、神をも見失って精神の闇の中に迷い込む危険を感じる。
説教の冒頭で語られている科学技術の進展と人間、また、科学と信仰については、社会や世界の情況からしみじみと考えさせられている。

人は何のために生きているのか、また、人はなぜ創られたのかという、人間の根源的な問いに科学は答えることはできないからだ。
にもかかわらず科学の進歩により、今や運命や自然の一部を支配できるようにまでなってきており、深刻な問題を作り出すばかりである。

生命倫理だけではなく、科学者と軍事研究の問題にも大きな懸念を感じている。 知識の拡大にますます人間の成熟度が追いつけず、今や何のために研究しているのかという目的まで見失って、人間の欲望を満たすために突き進んでいると言い切ってよい状況である。

まことの神の教えは、なぜこの世の知恵が躓きを覚えるような類いのものでならないのか。

それは、「この世の知恵は人間に自己の成果を誇る機会を与え、人間を謙虚にせず、人間の罪を明らかにせず、かえってそれを看過する」ゆえに、理性では理解できないかたちをとられたということを、今一度深く理解することができた。

最後に、日本の教育は進化論一辺倒ゆえに、神を知り、聖書を読む孫に対して、どのように進化論を位置づけて学習を進めて行けばよいのか。

信仰という観点から人間の知恵や科学を具体的にどのように話してやればよいか、まさに現在進行中の課題なのでご意見をお伺いしたい。

下村喜八さんのお話:
最初に私の感想を受けて話し始められた。
悪の根源、罪の実体は、信仰や祈りの中にも「我が」「我が」という気持ちが入ってきて、まるで神さまと自分のエゴと戦っているようだ。ここは今日の大切な個所の一つだ。

阿弥陀如来と神は全く別であるが、『歎異抄』を読むと、親鸞は自分ほど救われない人間はいないという考えが根底にあって、阿弥陀様に救っていただかないといけないと徹底的に他力である。

T・S・エリオットの作品に、殉教者の心の中にもそのことによって誉を得たいという心理が働くということ。それは拭(ぬぐ)いがたく、どんなに自己を誇ったり、輝きたいという気持ちが働くかということを書いたものがある。

神は人間を神の似姿に創造されたことについて、ブルンナーは外見に似せてというよりも、人間を神の呼びかけに答える者として創造されたと考える。進化論については、猿から人へとそのような形で今も進化していると合理的に考えた。

(私が受洗する前に恩師である同志社の聖書科の師と話したとき、アダムとイブに始まる創世記は12章まで神話であり、遊牧民であったイスラエル民族の口伝だと言われたことを話す。)

ブルトマンの「非神話化」(聖書から神話的なものを取り除く)という考え方もある。

「我々の人間関係の中に意味と秩序をもたらすためには」、この世的な科学だけでは不十分である。

ブルンナーは「誇ること」が罪の本質に近いと言っている。

「この世の知恵は人間に自己の成果を誇る機会を与える。人間を謙虚にせず、人間の罪を明らかにせず、かえってそれを看過す。すべての東洋の宗教と神秘宗教にいっそう当てはまる」。
(キリスト教は「罪」、仏教では「煩悩」、神道は「汚れ」)

P63、lastより7行目〜:
「私は私の本質の深みにおいて転倒している、神を喪失し、自己を追及して神を回避しているということ、ほかならぬこの認識こそ重要なのです」。
転倒した命、転倒した生。

ルターは人間を、「おのが内へと屈折した心、したがって究極には自己自身を愛し、神と隣人を愛さない心」と定義する。

高慢ほど甚だしくわれわれを神と隣人から引き離す罪はない。十字架の音信は、知の立場から見ると愚かに見える。福音の愚かさ。

1冊目のテキストに用いたブルンナーの『我は生ける神を信ず』(使徒信条講解説教)の97ページの最後から99ページに書いてあることが、64ページ終わりころから65ページの5行目に書かれていることと重なる。

即ち「神はあまりにも高く、しかも人間における悪はあまりにも深く、人間はこの上昇の道において神に到達することはできない」のであり、「いつも、人間が神のところへ近づくのではなく、神が人間のところへ来られるということ」である。

精神的修練や修行など、それらはすべて人間から神への道であり、つまるところは人間の自己称賛である。

IMG_0208.jpg附記:読書会のあと、いつもよりも長く交わりの時を持たせていただき、私たち家族の現況と今後について話を聴いてくださった。
言語化もできないほど弱り果てていた知子だったが、知子の言葉に神さまの確かな導きを感じて、今まで以上に知子を支えていきたいと思う。

下村さんをお見送りして、知子はユキを迎えに行った。
今日のユキ。
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posted by 優子 at 23:55| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

私にも懐かしきミネソタ

今週から寒さが和らぎ、今日も穏やかな晴天とのこと。血圧正常! カットに行くべく電動自転車のバッテリーに充電開始したが、「BS」でミネソタが映ったので早々から30分の休憩となった。

一度行ったところは見ていて楽しく、「行った、行った!」「ここも知ってる!」と懐かしく楽しく観ていた。マチ・クマにも見せてあげたかった。

ミネソタの人口最大の都市・ミネアポリスと州都セントポールを合わせて「ツインシティ」と呼ばれ、大都市で最もリラックスできる町がミネアポリスだという。

ミネアポリスとは「水の町」の意、水が豊富で小麦粉の一大産地で「ミルシティ」と呼ばれ、川沿いを「ミル地区」という。そのことは知らなかったが、そのあとはマチ・クマに案内してもらった所がいっぱいあった。

まずはダウンタウン。冬の寒さが厳しいミネアポリスの特徴は、ビルとビルを繋ぐ「空中廊下:スカイウェイ」だ。スカイウェイは「2階」を意味し、71qに及ぶ。
長いスカイウェイを歩いたのはミネソタ大学内のだったっけ?

GopherWay.jpgミネソタ大学のキャンパス内では、建物と建物を地下道で繋ぐ「ゴーファーウェイ」 "Gopher Way"(リスの道)があった。これも極寒の外気に触れずに別の建物に移動でき、情報案内システムとして開発されたという。

そして、全米最大規模のモール "MALL OF AMERICA"には、映画館から水族館、屋内最大のテーマパーク(遊園地)からチャペルまである。それ以上に驚いたのは冬季中は開店前のモールの中を歩く(走る)ために、早朝からやってくる人々のために7時から開いていることだ。

「雪で滑って転ぶ心配もない」と、モール・ウォーキングもアメリカではれっきとしたエクソサイズで、ウォーキング・プログラマーまでいた。

「アメリカの冷蔵庫」と呼ばれる北極圏の気候、−40度にもなるミネソタだが、スカイウェイを歩く人は「ジャケットは車に乗る時だけでラフな格好で過ごせる」と話していた。

ジャズ好きには "DAKOTA"が紹介されていた。1980年代に一世を風靡したプリンスを世に出した場所だった。

mississippi.jpg「ミシシッピー川も見た! 
まさに連れて行ってもらった所!」
「あっ、乗った、乗った! 
路面電車も乗った乗った!」
と、独りではしゃぎながらな見ていた。
↑ アメリカの母なる川・ミシシッピ川の上流。
後ろに見えるのがダウンタウン。

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この時、ミネソタのいろんな乗り物に乗せてあげようと計画してくれたんだってね。これは真智たちの家を出てミネソタの空港へ向かうところ。5月初めでも防寒着を着ている。

スカイウェイのビルも撮っていたのに削除してしまい、ゴーファーウェイも消してしまって動画から撮ってもらった写真だ。

行った所をテレビで見るのはすごく嬉しいものだ。そして今、懐かしく過去ログ・「ミネソタへの旅」を見て、家にばかり閉じこもっていないで旅に出たいと思った。

番組は、「雪解けのあとの長い時間、町は輝きにあふれる」と締めくくっていた。ワシントンも寒いのに日本よりも春が早く、突然にやってくるような感じがする。

ロシアでは−67度と想像を絶する寒さだ。今週は穏やかな冬日だったが、来週は−67度の寒気が日本まで下りてきて再び先週の寒さになるという。天気予報を聞くだけで緊張して血圧が上がってきそう。

昨夏切れてしまった10年用のパスポートはミネソタに行っただけだった。もうパスポートを取ることはないと思っているが・・・どうだろう・・・やっぱりワシントンD.C.に行ってみたいかも・・・マチ・クマと一緒ならば言葉に困らなくて安心だけれど・・・
posted by 優子 at 20:40| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

阪神・淡路大震災から23年 @ 

今から23年前の今日、兵庫県南部に直下型大地震が起きた時、私達は東大阪の9階建てマンションの8階に住んでいた。

私は43歳、夫49歳、知子は高校2年生、真智子は中学2年生だった。私は母の介護で毎週2回、大阪市内の住友病院に同行し、そのあと実家へ行って母と父を助けていた頃である。

あの朝、地面から突き上げるような地震にびっくりして飛び起きた。

当時は6畳の部屋に、二棹の和ダンスと鏡台を置いた部屋に家族4人が寝ていたものだから、タンスの下敷きになっては大変と、私は咄嗟に子どもたちに寝室から出るように叫んだ。

隣室のリビングルームではCDラジカセが遠くへ飛び、台所の炊飯器はひっくり返って洗米していた米と水が飛び散り、割れた食器で足の踏み場もなかった。トイレの便器の水がザブンザブンという音をたてていた。

すぐにテレビ(NHK)をつけたが、宮田アナウンサーは被害はたいしたことないの繰り返しで、「震源地でもない東大阪でもこれなのにそんなはずはない」と私はブツブツ言いながら片付けていた。

しかし、8時頃になると被害の様子がわかり始めた。神戸の叔母たちのことが心配になって電話したが既に回線は切れていた。

この日は読書会の新年会と例会が予定されており、「東大阪読書友の会」の代表だった関係から、奈良市に住んでおられた顧問の西口孝四郎氏に開催するかどうかを相談した。

「近鉄電車は動いているからやりましょうや」ということで開催することに決まった。

その後、会員さんたちから電話があり、また、こちらから電話したりで大変だったが、まもなく電話も通じなくなってしまった。

しかし予定通り、定刻正午より小阪駅前のユニオンホテル(現コミュニティホテル)で新年会を開き、大阪商業大学に移動して例会を終え5時過ぎに帰宅。すぐにテレビをつけると信じられない光景で立ちすくんでしまった。

夜7時20分頃、父より電話が入った。

私たちの無事を知った父はこう言った。

「あの時、すぐおばあちゃん(私の母)の寝間に入って抱いていた。『死ぬ時は一緒や!』と言ってた」と。

進行性難病だった母は、この時すでに1ミリさえ全く身動きできない状況だった。怖かったであろう!!! 母68歳、父69歳だった。

夜8時頃、兄が電話をくれた。

「優子か、僕や。大丈夫やったか?!!」

力強い口調で安否を聞いてくれた。

灘区に住んでいる叔母夫婦とは連絡がとれず、無事を祈るしかなかった。

あの時、御影(みかげ・東灘区)で一人住まいしていた従妹は、地震直後、パジャマのまま両親に向かって走った。叔母夫婦もまた必死で外に出て我に返った時、叔父が娘を助け出さなくてはと思った時に娘が駆けつけてくれたという。

親を思う子と、子を思う親の姿。

高校時代の従妹は有力なスプリンターで神戸放送サンテレビで映る姿も何度か見た。従妹の走る姿と、その時の従妹の気持ちを想像するだけで今も胸を打つ。私より10歳年下だからAちゃんは32歳だったのだ。

あたりの様子は現実のこととは信じられぬ事態になっており、家はドミノ倒しのように全てが崩壊していたそうだ。私は母の通院介助のために石屋川の様子を見ることなく過ぎてしまった。

翌18日朝の7時半頃に叔父から無事の第一報が入った。

叔父は電話口までこぎつけたものの、公衆電話は長蛇の列で直ぐに切らねばならなかった。8時半頃に叔母からも電話があった。

この日は母の通院日で、私はいつも通り9時前に家を出て住友病院で両親と再会した。帰り道、いつもならば10分ほどで行ける野田阪神に出るまでに1時間かかっていた。

国道2号線の淀川大橋手前の海老江(えびえ)の交差点では一般車両の通行止めでごった返していた。

母の床ずれの痛みも限界を超え苦痛に耐えていた。ようやく先頭の数台前になった時、私は身体障害者の証明書を持って交通整理の警察官まで走って行った。

事情を説明すると警察官は快く橋を通ることを許可してくれ、迂回せずに直進した。「さすが優ちゃんやなあー」と感激する父の反応に、「そんなん当たり前やんか」と返し、喋ることもできない母はホッとした表情を浮かべて微笑んだ。

その夜、叔母たちは西神中央のマンションに住んでいた息子宅に移ったと電話が入り安堵した。同じ神戸でも西区は全く被害がなく、ガスも水道も電気も全てが平常のままだったとは、まさに天国と地獄を見るようだった。

阪神電車は青木(おうぎ)駅までしか行かず、阪神高速道路は飴で作った玩具のように壊れていた。ところが、この大惨事なのに梅田界隈はそれまでと全く変わらず、ここでも天国と地獄絵を想像させた。

あの頃の私は母の介護で疲れていただけではなく、高津高校の役員、東大阪市の2つの行政委員、読書会会長、河内の郷土文化サークルセンター理事・・・と多忙な年月だった。

しかし、この大惨事に何一つお役に立てなくて、土佐堀のYMCAへ駆けつけたもののボランティアは立ち切れになってしまい自己嫌悪に苦しむ日々でもあった。

あれから23年の月日が流れ、今朝5時半頃、目が覚めてラジオを聴きながら当時を思い出し、震災で大切な人を亡くされた方々の悲しみを想像していた。あれから必死に生き抜いてこられた日々であったろう。人は命ある限り最後まで生き抜かなくてはならないと強く思わされた。

母は翌1996年10月に70歳で、父も2000年8月に召された、75歳だった。

神戸の叔父は1999年7月に亡くなり、従弟は2011年2月に50歳で亡くなった。

2018年1月17日附記:
ここにあの日のことがが鮮明に記録されており、記憶力が乏しくなってきている今、知子と真智子に残したい記録ゆえに再掲載した。

posted by 優子 at 22:33| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

阪神・淡路大震災から23年 A ― ご遺族の寄贈により創設された神戸大学経済学部「白木賞」 ―

阪神・淡路大震災で神戸大学の学生39名が犠牲になった。そのひとり、白木健介さんは経済学部第二課程(夜間コース)2回生だった。
葬儀の後、御両親は大学に100万円寄贈された。大学はそのうち80万円を基金として「白木基金」を創設し、震災年度から経済学部の優秀卒業論文受賞者を表彰している。

私は震災後、数多くの犠牲者を出した神戸大の学生やボランティアに励む神戸大生のことを高津高校の連絡協議会(PTA)で耳にしていた。
その4年後に次女が神戸大学へ進学することになり、白木さん御夫妻の亡きご子息への想いがこめられた基金の恩恵に与ることになろうとは思いもしなかった。

私が「白木基金」のことを知ったのは、次女が優秀卒業論文賞(白木賞)で最優秀卒業論文賞を受賞したからだ。今も2002(平成14)年度に名前が記録され、最優秀卒業論文賞受賞者は太字で記され、論文をPDFファイルで読むことができる。

その時、白木さん御夫妻への感謝の気持ちをこめて、今後も基金が永く続いて行くことを願って些少ではあるが次女から大学に届けてもらい、後日、学長からお礼状をいただいたことを思い出したが、今改めて白木健介さんの御両親に慰めと感謝の気持ちが溢れる。

また、福音歌手(ゴスペルシンガー)の森祐理さん(かつてNHK教育テレビ『ゆかいなコンサート』の歌のお姉さんとして活躍)は、東灘区で下宿をしていた神戸大学法学部4回生(読売新聞に内定していた)の弟さんを震災で亡くしている。

2013年3月下旬、日本クリスチャン・ペンクラブ理事長の池田牧師が召天されたことをお伝えするために、国内外を忙しく動き回っておられる森祐理さんとメールのやり取りをしたことがあった。美しいのは声だけではなく、その文面から柔和で美しい心が滲み出ていた。

森さんは今朝午前5時から神戸市中央区の東遊園地で開催された「阪神淡路大震災1・17のつどい」で独唱された。

「弟の命が土台となり、天国への希望を届ける熱意となっていることを思うと、死は終わりでなく、地に撒かれた種として何倍もの実を結ぶものだと改めて思わされています」。

「20年の節目を迎え、この世での命が終わる日まで、弟の命の分までも託された使命を全うしていきたいと、決意を新たにしています」。


01yuri2b.jpg悲しみに耐えて生き抜いておられるご遺族の方々の上に、神の豊かな慰めと希望がありますように祈り、この悲しみが決して無駄になっていないことを信じます。

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」。
   
                  (ヨハネによる福音書12章24節)
posted by 優子 at 22:31| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

「ワシントンでニシンそば」と「Nさんの名言」と

Subject: にしんそば、めちゃくちゃ美味しかった!
ママ
今日は、マーティン・ルーサー・キング・デイでお休みやったから、
お昼に、にしんそばを作って食べました。
くまと説明を真剣に読んで、忠実に作ってみたら、
見た目も味も、すごく感動的だった。

IMG_0680.jpg思えば、にしんそばをちゃんと食べたのは初めてだった。
今までは、食べず嫌いだったと分かりました。
食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!

太志もすごく感動して、心から感謝しています。
嬉しくて、写真を添付しました。
本当に有難う!

おばあちゃんも好きやったんやね。
ママも食べたら好きかもよ。

他のものも、大切に、おいしくいただいています。
本当に有難う!

真智子

今日は昨日よりも4度も高く16度と3月下旬の暖かさだったので、生協さんの配達のあともNさんとペチャクチャペチャクチャ話していた。そして、Nさんが自動車のハンドルを握られた時、「そうそう」と思い出して感慨深く言われた。

「さっき長い信号待ちの交差点で待っている時、空を見上げたら綿のような雲がいくつか浮かんでてね、美しかったよ。よく見ると雲が動いていてね。
目を1ミリか2ミリ上に動かしただけで見えるものが違うんやね。見方をちょっと変えるだけで見え方が違ってくるんやね」。

と、人生の機微に触れる深いことを口にされた。
このような話をされるNさんは、いつも前向きで明るく、御本人の言葉を借りれば「バカ言って笑ってばっかり」しているが、Nさんの感慨に私の思いを返すと、自らの日常と、そして、私をも励ますかのように、目にうっすら涙をにじませられた。(Nさん、昨年末からスマホに挑戦中!)
1happa-tori1c.gifそして今、これを書きながら今朝届いた真智の言葉が思い起こされて、人生の味わいをさらに深めたことだった。
「同じに見えても、主が一緒だから、きっと同じじゃない」。

マチへ:
私も今週中に「にしんそば」に挑戦するね。
今度こそ食べようと思って年越しそばにと買っていたのに、未だ食べていない。アジサイ宅のkさんはおいしく召し上がってくださったかな。私も食べず嫌いを改めて4人でいただきます。


2018年1月21日20時50分追記:
IMG_0242.jpg「食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!」

説得力がある真智の言葉に誘われて、ついに今夜食べたよ「にしんそば」!

あっという間の完食でした。おいしかったけれど、口の中でニシンの味が広がって、 嫌いではないけれど・・・って感じでした。真智たちの感動に合わせられなくてごめんね。

でも、サムサムさんはすぐにこんなコメントをくださったよ。
「わニシン関西新幹線の新大阪構内にあソバ屋ニシンていた。(笑)」

「阪神淡路大震災から23年」では、
神戸大学についてのことも懐かしく読ませていただきました。真智子さんは神戸大学経済学部の出身だったのですね。わたしは第二過程ですが、経営学部(37年卒業)でしたので…。授業が終わって校門を出ると、眼下に神戸の夜景が見えて、それは素晴らしかったですよ。」
とのコメントを届けてくださいました。  

それにしてもアメリカで京都の老舗のニシンそばを食べるのは乙なもの。おいしく食べてくれてありがとう!
posted by 優子 at 16:45| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする