2017年06月01日

神がパロを「頑なにされた」の疑問から手を放す

「キリストの栄光教会」の今朝のみことばより:
IMG_5491.jpgローマ人への手紙2章5節:
「ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現れる日の御怒りを自分のために積み上げているのです」。

IMG_5490.jpg今日、悔い改めないなら、今日また一つ、神の怒りを積み上げることになります。しかし、今日、悔い改めるなら、それまで積み上げた怒りはすべて解かれます。
明日ではなく、今日罪を清算し、向きを変えて、新たに出発しませんか。

日々刻々に悔い改めることができると罪赦されて相手や状況に束縛されずに生きられるのに、なぜ「ごめんなさい」と言えない人がいるのか。

いや、なぜ悪いことだと自覚できないのだろうと不思議でならず、私は今も『出エジプト記』にある「パロを頑なにされたということにやはり拘泥していた。

何よりも旧約聖書が書かれているヘブライ語の語源を調べないと真意はわからない。特にヨーロッパ神学を通してではなく、旧約聖書をヘブライズムの視点で読まねば真意はつかめない。
身近にヘブライ語に明るい東(あずま)道男牧師がおられるのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう。実に悔やまれる。ご回復を待とう。


私のこだわりはパロに悪を行っている自覚はあったのかどうかに集約されてきた。「神は頑なにされた」を文字通り受け取るしかないと、その罪は本人に無関係のことになってしまう。

IMG_5480.jpg過去ログ・2006年8月28日に転載した「文学作品に見る人間の真相 ―選ぶということ、自由に生きるとは― B 」で導き出された結論は、神は何事も私たちの自由意思に任せておられるのであり、まさに「自分が選ぶということは自分を選ぶということ」だ。

大切なことはパロのような人と関わらねばならない場合は、魂を引きずり降ろされないために祈りながら突破することには違いない。ということでもうこだわらずにおられそうに思う。

附記:6月に入った。ユキは4月末から半袖の制服を着ているが、衣替えの今日から夏の帽子になり、朝から面白いことをしてくれた。

今日から夏の帽子@.jpg
「初めにかぶるやろ」
「それからこうして」
今日から夏の帽子A.jpg

今日から夏の帽子C.jpg
「次にこうすんねん」

「おもしろいなぁ。
さあ、今日も元気に
一日張り切って行きましょう!
行ってらっしゃーい!」

    


緑が美しい!
美しき緑.jpg

posted by 優子 at 13:57| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

イソトマが咲いた!

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今朝、イソトマの花が咲いていた。

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↑ これは道端に咲いていて、下のは隣家の花。↓

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洗濯物を干していたら裏庭に小さな黄色い花を見つけた。
自生している「三つ葉」(まさにミツバの味)の中で
精いっぱい咲いていた。

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ドクダミの中からアガパンサスが蕾を出していた。

カラス.jpg
朝食を終えたユキが見つけたカラスくん。
窓越しにユキが撮りました。

posted by 優子 at 20:17| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

国連からも警告、民主主義の危機

2016年4月、国連人権専門官から日本政府に対して「報道の独立性に対する重大な脅威を警告」されている。「意見及び表現の自由」の調査を担当する国連特別報告者ディビッド・ケイ氏は次のように言っている。

「多くのジャーナリストが、自身の生活を守るために匿名を条件に私との面会に応じてくれましたが、国民的関心事の扱いの微妙な部分を避けなければならない圧力の存在を浮かび上がらせました。
彼らの多くが、有力政治家からの間接的な圧力によって、仕事から外され、沈黙を強いられたと訴えています。これほどの強固な民主主義の基盤のある国では、そのような介入には抵抗して介入を防ぐべきです」。

          (「国連広報センター」より) 

先月、国連の人権専門官は共謀罪について重大な懸念を伝える書簡を安倍首相に送ったことに対して、日本政府が抗議した。これではどこかの国と同じだ。

既に巨大な歯車が回り出し加速し始めている。今ここで皆が立ち上がらないと本当に民主主義は瓦解してしまう。私は何度も多喜二の遺体から叫び声が聞こえてくる。かつて『蟹工船』というプロレタリア文学作品を書いたために、警察により拷問を受けて殺された小林多喜二から。

多喜二の前で母セキ.jpg
多喜二の遺体の枕もとに母セキがいる。

小林多喜二@.jpg

後年、多喜二の母・セキは次のように話していた。
「布団の上に寝かされた多喜二の遺体はひどいもんだった。首や手首には、ロープで思いっきり縛りつけた跡がある。
ズボンを誰かが脱がせた時は、みんな一斉に悲鳴を上げて、ものも言えんかった。下っ腹から両膝まで、墨と赤インクでもまぜて塗ったかと思うほどの恐ろしいほどの色で、いつもの多喜二の足の2倍にもふくらんでいた。

捕まえていきなり竹刀で殴ったり、千枚通しで、ももばめったやたらに刺し通して、殺していいもんなんだべか」。

          (過去ログ:2015年3月20日より)

今の日本はおかしい。おかしいことはおかしいと声を上げねばらない。権力を持つと人間はかくも良心がマヒしていくものなのであろうか。たった70年間で再び恐怖の時代を来たらせるとは、現政権はあまりにも罪深い。

ジャーナリストは魂を売ってはならない。
今も勇敢に戦い続けているジャーナリストたちに与して立ち上がるべきだ。私たちにできることは何か、今手をこまねいていてはだめだ。
私は神に祈ろう。
どうか正しき者を守り堅く立たせてくださり正義が成るようにと、全てを支配しておられる神に祈ろう。

「どうか悪しき者の悪を断ち、
正しき者を堅く立たせてください。
義なる神よ、あなたは人の心と思いとを調べられます。

わたしを守る盾は神である。
神は心の直き者を救われる。
神は義なるさばきびと、
日ごとに憤りを起される神である。

もし人が悔い改めないならば、神はそのつるぎをとぎ、
その弓を張って構え、
また死に至らせる武器を備え、
その矢を火矢とされる。

見よ、悪しき者は邪悪をはらみ、
害毒をやどし、偽りを生む。
彼は穴を掘って、それを深くし、
みずから作った穴に陥る。

その害毒は自分のかしらに帰り、
その強暴は自分のこうべに下る。
わたしは主にむかって、
その義にふさわしい感謝をささげ、
いと高き者なる主の名をほめ歌うであろう」。
 
           (詩篇7篇9節〜17節)
posted by 優子 at 23:02| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

メジロが窓に激突

今朝ぼんやりしていた時、窓に何かが当たったような音がした。石が当たったような鋭い音ではなく、鈍い音ではあるが「ドン」と勢いを感じる音だった。

メジロが窓に激突@.jpg誰かが窓を叩いたのではと怖くなってベランダを見ると、緑色のかわいい小鳥がジッとしているのを見つけた。鶯か・・・小鳥はすぐに私に気がついたが逃げようとしない。逃げたくても具合が悪くて飛べないようだ。

怖がらせてはいけないと思いつつも窓を開けたが動かなかった。
メジロが窓に激突.jpg
これはメジロだ。周囲に小鳥の羽が飛んでいた。
窓にぶつかってここに叩きつけられたのだろうか。

心配しつつも写真だけ撮らせてもらった。野鳥をこんなに身近で見ることはできないから。

メジロが窓に激突B.jpg

6〜7センチぐらいの大きさだったからまだ子どもだと思う。

メジロが窓に激突A.jpg

水をあげたらいいんだろうか・・ずっと気が気ではなかった。
しばらくすると目を閉じていたのでいよいよ心配したが、
このあとまもなくいなくなっていた。
メジロが窓に激突C.jpg

そして、目の前の木々でしばらく活発に飛び回ってから元気に飛んで行った。この写真を見ると先ほどよりも体を起こしている。きっと窓に激突して脳しんとうでも起こしたのだろう。

「痛いところはない? しばらく気をつけるのよ!
 頭を打った後は安静にね。吐き気があればすぐに」と言いかけたが、小鳥に病院はないか・・・

強打したようだ.jpg窓に小鳥が激突したあとがあった。緑の羽と白いダウンを見つけた。
結構強い風が吹いているのに羽はひっついたままだから、よほど強く突っ込んだのだろう。ヒヨドリに追われていたのかなあ・・・

日中は暑いが朝は肌寒いので10時過ぎても窓を閉めていたのが悪かった。
そういえば、かつて部屋にヒヨドリが入ってきてパニック状態になったこともあった。メジロさんに後遺症がでませんように。
5月終わりのかわいい訪問客は30分で去って行った。
posted by 優子 at 15:45| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

家の教会2017S ―ヨナ書を読むT 『ピノキオ』の真髄―

IMG_5295.jpg2017年5月28日(日) 
   (2017第20回 家の教会)

8時30分〜9時30分
出席者 3名(Except R)

@ 前奏       知子
A お祈り      優子
B 子どもの讃美歌  
「おおしくあれ」 ユキ独唱
C 聖書輪読     ヨナ書1・2章
D お話       優子
E お祈り      一人ずつ
F 讃美歌      第2編136番 
              「われ聞けりかなたには」
G 後奏       知子
楓の種.jpg
楓の種
ヨナ書1章1節〜2章10節:
1:1 主の言葉がアミッタイの子ヨナに臨んで言った、
1:2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって呼ばわれ。彼らの悪がわたしの前に上ってきたからである」。
1:3 しかしヨナは主の前を離れてタルシシへのがれようと、立ってヨッパに下って行った。ところがちょうど、タルシシへ行く船があったので、船賃を払い、主の前を離れて、人々と共にタルシシへ行こうと船に乗った。

1:4 時に、主は大風を海の上に起されたので、船が破れるほどの激しい暴風が海の上にあった。
1:5 それで水夫たちは恐れて、めいめい自分の神を呼び求め、また船を軽くするため、その中の積み荷を海に投げ捨てた。しかし、ヨナは船の奥に下り、伏して熟睡していた。
1:6 そこで船長は来て、彼に言った、「あなたはどうして眠っているのか。起きて、あなたの神に呼ばわりなさい。神があるいは、われわれを顧みて、助けてくださるだろう」。

1:7 やがて人々は互いに言った、「この災がわれわれに臨んだのは、だれのせいか知るために、さあ、くじを引いてみよう」。そして彼らが、くじを引いたところ、くじはヨナに当った。
1:8 そこで人々はヨナに言った、「この災いがだれのせいで、われわれに臨んだのか、われわれに告げなさい。あなたの職業は何か。あなたはどこから来たのか。あなたの国はどこか。あなたはどこの民か」。
1:9 ヨナは彼らに言った、「わたしはヘブルびとです。わたしは海と陸とをお造りになった天の神、主を恐れる者です」。
1:10 そこで人々ははなはだしく恐れて、彼に言った、「あなたはなんたる事をしてくれたのか」。人々は彼がさきに彼らに告げた事によって、彼が主の前を離れて、のがれようとしていた事を知っていたからである。

1:11 人々は彼に言った、「われわれのために海が静まるには、あなたをどうしたらよかろうか」。それは海がますます荒れてきたからである。
1:12 ヨナは彼らに言った、「わたしを取って海に投げ入れなさい。そうしたら海は、あなたがたのために静まるでしょう。わたしにはよくわかっています。この激しい暴風があなたがたに臨んだのは、わたしのせいです」。
1:13 しかし人々は船を陸にこぎもどそうとつとめたが、成功しなかった。それは海が彼らに逆らって、いよいよ荒れたからである。
1:14 そこで人々は主に呼ばわって言った、「主よ、どうぞ、この人の生命のために、われわれを滅ぼさないでください。また罪なき血を、われわれに帰しないでください。主よ、これはみ心に従って、なされた事だからです」。
1:15 そして彼らはヨナを取って海に投げ入れた。すると海の荒れるのがやんだ。
1:16 そこで人々は大いに主を恐れ、犠牲を主にささげて、誓願を立てた。

ヨナと鯨:ピーテル・ラストマン(1621).jpg1:17 主は大いなる魚を備えて、ヨナをのませられた。ヨナは三日三夜その魚の腹の中にいた。

(絵はピーテル・ラストマン、レンブラントの師)
2:1 ヨナは魚の腹の中からその神、主に祈って、
2:2 言った、
「わたしは悩みのうちから主に呼ばわると、
主はわたしに答えられた。
わたしが陰府の腹の中から叫ぶと、
あなたはわたしの声を聞かれた。
2:3 あなたはわたしを淵の中、
海のまん中に投げ入れられた。
大水はわたしをめぐり、
あなたの波と大波は皆、わたしの上を越えて行った。
2:4 わたしは言った、
『わたしはあなたの前から追われてしまった、
どうして再びあなたの聖なる宮を望みえようか』。
2:5 水がわたしをめぐって魂にまでおよび、
淵はわたしを取り囲み、
海草は山の根元でわたしの頭にまといついた。
2:6 わたしは地に下り、
地の貫(かん)の木はいつもわたしの上にあった。
しかしわが神、主よ、
あなたはわが命を穴から救いあげられた。
2:7 わが魂がわたしのうちに弱っているとき、
わたしは主をおぼえ、
わたしの祈りはあなたに至り、
あなたの聖なる宮に達した。
2:8 むなしい偶像に心を寄せる者は、
そのまことの忠節を捨てる。
2:9 しかしわたしは感謝の声をもって、
あなたに犠牲をささげ、わたしの誓いをはたす。
Jan Bruegel1600)..jpg救いは主にある」。
2:10 主は魚にお命じになったので、魚はヨナを陸に吐き出した。

絵はヤン・ブリューゲル(父)

お話:
先週は礼拝をお休みしたので来週のペンテコステ礼拝を挟んで、今週と再来週の2部構成で『ヨナ書』を読みたいと思います。

ヨナについては昨春「家の教会」を始めてすぐの4回目の礼拝でお話しました。その時は「あらすじ」をお話ししてから4章だけを輪読しましたが、今回は全章読みましょう。

今日輪読した1・2章は「ヨナの悔い改め」が書かれてあり、3章はヨナの宣教によりニネベの人々が悔い改めたことを、4章ではその後のヨナの怒りと神の教訓が書いてあります。

『ヨナ書』は分厚い聖書の中のたった3ページです(新改訳・新共同訳聖書では4ページ)。「ヨナ」の名前は「鳩」という意味で、ヨナは預言者であり政治家でした。イスラム教では「ヨナ」を「ユーヌス」と呼びコーランにも出ているとのことです。

ヨナの出来事は紀元前8世紀、ヤロブアム二の治世の頃の話だということです。その頃のアッシリアは東方世界を支配していた超大国でその首都がニネベでした。

そして、『ヨナ書』が書かれたのはアッシリア(ニネベ)陥落前の紀元前612年以前であり、紀元前5世紀ごろに現在の形に編集されました。

ヨナは列王記下にも出てくる歴史上の人物であり、イエスさまが数か所でヨナのことを話されていることからもヨナの不思議な話も真実であることがわかります。

「彼はハマテの入口からアラバの海まで、イスラエルの領域を回復した。イスラエルの神、主がガテヘペルのアミッタイの子である、そのしもべ預言者ヨナによって言われた言葉のとおりである」。(列王記下14章25節)

「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。
すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。
ニネベの人々が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからである」。

              (マタイ12章39節〜41節)

近年、過激派組織「イスラム国」(IS)がイラク北部の主要都市モスルにあった墓や像、モスク(約1800年前の建造物)、聖廟など人類の文化遺産をたくさん破壊しました。

その中には預言者ヨナの墓や、アダムとイブの三男と考えられている預言者セトの聖廟も数年前に(2014年7月?)に爆破されて壊滅したと報じられました。

まもなくモスルをISから奪還するそうですが、そこに20万人もの市民がいると報じています。武力を用いないで残虐悲惨な歴史に終止符を打つことはできないのでしょうか。今はヨナのような人物は立てられていないのでしょうか。

ヨナの話、ニネベとはまさにこのモスルの地なのです。では、今日の本筋に入っていきましょう。

ユキはヨナのお話しを良く知っているので、『ピノキオ』の原作が『ヨナ書』であることを興味深く聴いてくれると思います。そういえば、ピノキオとヨナの話は似ている所があると思わない? 
実は『ピノキオ』は『ヨナ書』をもとにして書かれたもの、その中にはキリスト教神学が織り込まれているのです。

ピノキオ.jpgこの絵本はユキのママが小さい時に買って真智にも、そして、ユキにも何度も読んだのでボロボロになってしまったけれど、ピノキオのお話は今も覚えていると思います。

その内容を追って行くとまず目に留まるのは、ピノキオが学校に行く時にゼベットじいさんがりんごを持たせるところ、作者はここにも意味を込めていると思います。

これは創世記にでてくる「知恵の実」を思わせます。
創世記3章2〜3節:「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

このリンゴは誘惑を意味し、作者は誘惑に負けて堕落していくピノキオを暗示させているのでしょう。

ピノキオは不良少年に誘われるままに悪い子になっていきました。女神に「キツネと猫がむりやり連れてきたから」と嘘をつくと鼻が伸び、「ごめんなさい」と謝ればゆるされて鼻はもとにもどりました。

しかしそのあとも勉強しない、本を破り、お酒を飲み、煙草を吸ったり、本当に悪い子になってしまったピノキオはジミニーに叱られてやめました。

ところで私たちにはロバはかわいい動物であり、ロバと言えばイエスさまがエルサレムに入城される時にロバを用いられたことを思い出します。

イエスさまはロバに最も大切な時に御用をさせてくださったのですが、欧米ではロバは「まぬけ、バカ、頑固者」と比喩されます。

それで『ピノキオ』のお話にも、「勉強をする子は追い出される」という村で遊んでばかりいると、馬鹿になり、ロバになって売られてしまうと書いてありますね。

とうとうピノキオにもロバの耳とシッポが生えてしまいました。ロバに変身させられたのです。ロバの耳とシッポは「罪」を表しています。ようやくピノキオは悪いことをしたと気がついて家へ帰りましたがおじいさんがいません。

そこへ1羽の鳩が来て、ゼペットさんは大切なピノキオを捜しに行って海の怪物にボートごと呑み込まれたことを教えてくれました。

おじいさんは年を取っているから「おじいさん」と呼んでいますが、ピノキオにとってはお父さんの存在です。

ピノキオはジミニーとお父さんを捜しに行きますが、ピノキオとジミニーも大きな鯨に呑み込まれてしまいました。しかしこうして鯨のお腹の中でお父さんと再会し、お父さんにこれまでのことを話して心から謝りました。

鯨のお腹の中で焚火して、その煙で鯨が大きなクシャミをした時に海へ吐き出されて逃げることができました。

でも大きな波でいかだはひっくり返り、何とか岸に打ち上げられたけれどピノキオは死んでしまいました。罪(ロバの耳とシッポ)を持ったまま。 

しかし、ゼペットさんのお祈りで起き上がり、その時ピノキオは木ではなく本当の子どもになっていました。

これは「罪に死に、キリストに生きる」ということであり、それは洗礼の意味とも重なります。一度死んで、新しい命をいただいて「神の子」として永遠の命に生きられるようにしてくださるからです。

私はこのみ言葉が脳裏に浮かびました。
「たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ」。(イザヤ書1章18節)

そしてまたここにイエスさまの贖罪と復活という意味も重ねて読み取ることができます。イエスさまが私たちの罪のために、(ロバの耳やシッポ)罪を負って身代わりになって死んでくださりよみがえってくださったことを!

『ピノキオ』の作者の信仰が読む者に伝わってきます。
ゼベットじいさんは木を削って人形を作り(創造)、悪い子になったピノキオを捜しに行き、海の底まで捜しに行きました。
その姿は「迷える子羊」を捜し続けるイエスさまであり、即ち、放蕩息子の帰りを待ち続けると重なります。まさに私たちの「天の父」を象徴しているのです。

女神はピノキオが嘘をつくと鼻を伸ばしたり元に戻したりと、奇跡を行うということで神の子イエス・キリストを重ねているのでしょうか。
コオロギのジミニー・クリケットはピノキオの良心であり聖霊を表しているのでしょう。

つまりこのお話に聖書の一番の要点、「三位一体」というキリスト教神学が柱になっているのがわかります。

ピノキオはまさに私たちのことですね。私たちは一人ひとり神さまによって素晴らしいものとして創られ愛されているのに、神さまから離れて自己中心に生き(それが聖書の言う「罪」です)大変な目にあいます。しかし、聖霊の導きにより悔い改めて罪赦される。


ピノキオは罪に死んで、キリストに生きる(新生)のです。そこに導かれて、これまで神さまに背を向けて神さま無しの生き方を悔い改めて、神と共に生きたいと信仰告白することが洗礼です。

神の子とされた私たちも自分の弱さから何度も何度も悪い子になるのですが、そのたびに神さまに「ごめんなさい」と謝り、そのたびに新たなる力を与えて立ち上がらせてくださるのは何という感謝でしょうか!!!

IMG_5375.jpgさあ、今週も良き日々を創り上げていきましょう。良き日々を願って神と共に出発しましょう!

花の名は「ニゲラ」

IMG_5339.jpg今朝の讃美歌は、昨日の午後、ある方のお見舞いに伺った帰り、病院を後にして駅に向かう時に唇に出てきた讃美歌です。


讃美歌第2編136番 「われ聞けり彼方には」

1.われ聞けり「かなたには うるわしき都あり」
  輝ける かの岸に われはまもなく着かん
  「ハレルヤ」と歌いつつ 歌いつつ進みゆかん
  わが足は弱けれど 導きたまえ 主よ

2.われ聞けり「かしこには 争いもわずらいも
  明日の憂いもなし」と われはまもなく着かん
 「ハレルヤ」と 歌いなば 悲しみも幸とならん
  われは はや さ迷わじ 神ともにいませば

3.われ聞けり「みかむりと ましろき衣をつけ
  主をほむる民あり」と われも共に歌わん
 「ハレルヤ」と 叫びつつ み声聞きてよろこび
 み国へとのぼりゆかん わが旅路終わらば



posted by 優子 at 12:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

十字架の花

関東のY兄(きょうだい:クリスチャン男性の呼称)よりコメントメールが届き、昨日の記事の最後に追記掲載させていただいた。感謝!

どくだみ.jpg藤本優子さま
「十字架の花」いい名前ですね、わたしもこの花が好きです。

ドクダミには十薬(ジュウヤク)という別名があって、昔から重宝がられてきた薬草だそうですが、どうして「ドク」と「薬」などと言う対照的名前がつけられたのでしょうね、不思議な名前ですね。



posted by 優子 at 21:33| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

野の花のごとく強くありたい

大津教会・愛光幼稚園.jpg
これは今春の夕暮れ、大津教会・愛光幼稚園の園庭だ。
かなりタイムリーさを失った風景ではあるがやはり美しい。

4月15日、クリスチャン・ペンクラブの例会が終わって大津駅へ向かう時、あまりに美しいのでペン友・長原さんに撮っていただいた。この日は総会での会計報告や『種を蒔く』4号のことで頭がいっぱいだったのでカメラを持参しなかったからだ。

この風景もまた毎年見ていたであろうのに立ち止まって見ることもなく、ただおしゃべりしながら歩いていた。季節外れの写真だがここにとどめておきたい。

『種を蒔く』4号は昨年6月に召天された久保田暁一先生の追悼号である。まもなく1年になるなんて、時はかくも早く過ぎ行くのか。

発行日を師のお誕生日「5月22日」と記したが、4月の例会時にも追加原稿が出たり、その後も原稿待ちやいろいろで、印刷・製本されるのは5月末の予定は難しく6月に入るとのこと。

再度ご指示くださった大田先生の編集のおかげで、一つひとつに思いが込められ重厚な一冊になった。3校で校了とし、印刷屋さんからようやく13日に「印刷にかかります」の連絡を受けて一息ついた。

今は振り込み通知が届くたびに収支報告書を更新させ、まだ振り込んでくださっていない方々に今日再び連絡した。パソコンを使わない方は数名なのでありがたい。

6月の例会会場は千里ニュータウン教会だが、東牧師は体調を壊して入院されていることがわかった。ご高齢なだけに心配でならず気持ちが沈む。
祈り、聖書を読み、祈る・・・

5.23.jpg5月の美しい季節を東先生に届けたい。常に神と共にあられる牧師に。

「私たちが生きているのは、素晴らしい世界です。
しかし、それが美しく本当に我が家のようであるのは、ただ神がいつも近くにいると感じる時、そして神に依り頼み、神の愛に信頼する時のみです」。

       (マックス・ミュラー)

ドクダミの花が咲き始めた。
                    −星野富弘さんの詩−
どくだみ.jpg「おまえを大切に 摘んでゆく人がいた
臭いといわれ
きらわれ者の おまえだったけれど
道の隅で歩く人の足元を見上げ
ひっそりと生きていた
いつかおまえを 必要とする人が
現れるのを待っていたかのように

おまえの花
白い十字架ににていた」


この辺りはドクダミがたくさん自生しており、ここに住むまでドクダミのにおいも知らなかった。あるとき義母が「ドクダミはにおいが強いのでトイレに置くといい」と教えてくれた。

チャッピー(柴犬)を飼い始めた時、私はドクダミをさわった手でチャッピーをさわったのだろう。「チャッピー、くさいなぁ」と、ドクダミの臭いを犬のにおいだと思っていた。

ここに移ってきた頃は父の病床に通う日々、その1年4ヵ月後に父が亡くなるまで何度も危篤状態になり、ホッとする時がなかったので、気がつかないままチャッピーのにおいだと思っていたようだ。

そんな期間もドクダミの花を見るたびに「十字架の花」と心の中で言っていた。主イエスを思い出すたびに力を得ていたのかもしれない。


5.23B.jpg

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5.23E.jpg
野原や道端に咲く花こそ美しい。
私も野の花のごとく強くありたい。

5月24日夜追記:
― 関東のY兄(きょうだい:クリスチャン男性の呼称)よりコメント―
「十字架の花」いい名前ですね、わたしもこの花が好きです。

ドクダミには十薬(ジュウヤク)という別名があって、昔から重宝がられてきた薬草だそうですが、どうして「ドク」と「薬」などと言う対照的名前がつけられたのでしょうね、不思議な名前ですね。
                                      
posted by 優子 at 17:46| JCP関係 | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

2017’百花繚乱の5月 D ―ユキノシタ―

「汝ら目をあげて高きを見よ、
誰かこれらのものを創造せしやを思え」。
                  (イザヤ書40章26節)

紫蘭(しらん)は好きな花ではなかったが、先週末の散歩中に満開の紫蘭を初めて見て少し好きになった。今日の散歩で写真を撮るのを楽しみにしていたが良い写真が撮れなかったので、たくさん咲いている裏庭へ行った。しかしどれも盛りを過ぎていてかろうじて玄関近くでいくつか見つけた。

そして、その途中でこんな花を見つけた。
朝の写真はピンボケしていたので夕方に再び撮りに行った。

5.22LU.jpg
何てユニークな花だろう!

花の形だけではなく花びらの模様が面白い。まるでいたずらっ子の顔に見えるではないか。そしてついに長い時間検索して花の名前を突き止めた。
これは、ユキノシタだった!
5.22L.jpg

この写真にはユキノシタの葉は写っていないがよく覚えている。
当地へ引っ越してきた1999年の秋頃だったか、「ユキノシタの葉は天ぷらにしたら食べられるよ」と義母に教えてもらったので、さっそく作って義父と3人で食べたことを思い出す。
そう、ユキノシタの葉があったのはちょうどこの辺りだった。

その頃は父が入院中で翌年の夏に亡くなり、父の悲しみだけではなく周囲の人々に苦悩していた年月だった。しかし、それゆえに霊の目が開かれて新しい境地が拓かれたのである。

その時のことを綴ったのが、過去ログにも転載した「針の穴を通り抜ける」である。

以下は今日の感動のひと時。
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この花もミカンの花のような甘い匂いがした。
小さな蜂が来ていたよ。

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↑ 珍しい白い紫蘭と、よく見かける赤紫の紫蘭。↓

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この花も甘い香りがした。17日に別の所で見つけた花だ。

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もうすぐ梅雨、アジサイが咲き始めた。
6月7日頃に近畿地方の梅雨入り予報が出ていた。

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ここはユキと名付けた「森の道」。
チャッピーはいないけれど、この新緑の小道を抜けて行った。


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先週シュウメイギクの横で
初めて見つけた草。
そして今日の散歩でこの花を見た。
花のユニークさには驚かされる。

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(5月28日追記)
この花は「ニゲラ(クロタネソウ)」だって!
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我が家のも26日に開花しているのを発見したが、この花はあまり好きではない。(ごめんね)

それにしても私は花の名前を知らなさすぎる。
あの感動の花はハルジオンだったとは! 名前だけは何十年も前から知っていたものの記憶もしていないとは恥ずかしい。

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そしてこれはカタバミだって!





今春初めて見えるようになった「心の目」で知ることができた草花の中で「感動のベスト3」は、

@スノーフレイク 
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Aハルジオン
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そして、ユキノシタ
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自然界は不思議と感動に満ちている。
気がつくのがあまりにも遅すぎたが、今からでも楽しみたい。
 
冒頭のみことばは「イザヤ書40章(21節〜31節)」にある。

あなたがたは知らなかったか。
あなたがたは聞かなかったか。
初めから、あなたがたに伝えられなかったか。
地の基をおいた時から、
あなたがたは悟らなかったか。

主は地球のはるか上に座して、
地に住む者をいなごのように見られる。
主は天を幕のようにひろげ、
これを住むべき天幕のように張り、

また、もろもろの君を無きものとせられ、
地のつかさたちを、むなしくされる。

彼らは、かろうじて植えられ、かろうじてまかれ、
その幹がかろうじて地に根をおろしたとき、
神がその上を吹かれると、彼らは枯れて、
わらのように、つむじ風にまき去られる。
聖者は言われる、
「それで、あなたがたは、わたしをだれにくらべ、
わたしは、だれにひとしいというのか」。

目を高くあげて、
だれが、これらのものを創造したかを見よ

主は数をしらべて万軍をひきいだし、
おのおのをその名で呼ばれる。
その勢いの大いなるにより、
またその力の強きがゆえに、
一つも欠けることはない。

ヤコブよ、何ゆえあなたは、
「わが道は主に隠れている」と言うか。
イスラエルよ、何ゆえあなたは、
「わが訴えはわが神に顧みられない」と言うか。

あなたは知らなかったか、
あなたは聞かなかったか。
主はとこしえの神、地の果の創造者であって、
弱ることなく、また疲れることなく、
その知恵ははかりがたい。

弱った者には力を与え、
勢いのない者には強さを増し加えられる。

年若い者も弱り、かつ疲れ、
壮年の者も疲れはてて倒れる。

しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、
わしのように翼をはって、のぼることができる。
走っても疲れることなく、
歩いても弱ることはない。

posted by 優子 at 19:36| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

「へえー、今度は白色なんやー」

今回の「家の教会」はお休みした。
ユキはサッカー教室があり、その午後は実が入らないので、良輔と二人で聖書を読もうと思っていたが、今日はどうにもしんどくてそれもできなかった。夕方から回復してきてブログを書く体力も出てきたが、今夜は早く寝ようと思う。

サッカーから帰って来たユキが祖父の作業を見て、「へえー、今度は白色なんやー」と言い、この一言に私と知子は大笑いしてしまった。

日に焼けて茶色になった障子紙、しかも見事なほど穴が開いたボロボロの障子。その半分以上はユキの仕業だが、新築後18年目にしてようやく張り替えたことにも呆れる。こんなことを書いていたら主婦である私が笑われるのであるが、数年前から廃屋状態だった。

@障子の張替.jpg私は自分で張り替えるなど考えも及ばないが、夫は昨日障子の紙を買ってきて朝の7時前から着手した。私はその音ですぐに起こされてしまった。
耳元に響く音は昨日の網戸の滑り具合を見ているのかと思っていたら、私のベッドの真下にある障子紙を張り替え作業を開始し、紙を剥がしていた音だった。

障子の張替A.jpgこんなことは夫も今回が初挑戦。
そして、午後3時半頃に完成!
「古い紙を取るのが一番大変やった」。

私は手伝おうにも今日はどうにもしんどくて臥せっていた。昨日はあんなに元気だったのにどうしてだろう。急激な気温上昇に体がついて行かないからだろうか。ようやく夕方から回復してきたので掃除をした。

18年ぶりに障子の張替.jpg
すごくきれい! ありがとう!
私もユキに倣って、「今度は白色なんやー」と、
苦労した本人以上に何度も見とれていた。

それにしてもこういうことは熱意と根気があるんやね。昨日は電動自転車のパンクを修理してくれたし、妙な感じ・・・ありがとう、お疲れさまでした!
posted by 優子 at 21:36| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

ブルンナー読書会H ―いかにして聖霊をうけるか―

5月中旬の二上山.jpg

2日前から夏日になり、今日は30度の真夏日になった。非常に強い陽ざしだが湿度が低いので爽やかである。


IMG_5127.jpg「我は聖霊を信ず」。


今日は「ブルンナー読書会」(リーダーは下村喜八さん:ドイツ文学、ブルンナー、シュナイダー、ゲーテ etc 研究者)、今月も知子は欠席した。


国際基督教大学(ICU)草創期に着任して大きな働きをしたのが、スイスのチューリッヒ大学を辞して着任したエーミル・ブルンナーである。


半年ぶりに「ブルンナー読書会」を再開した先月は、イースターにちなんで3章分を飛ばして最終章の「われは復活なり」の御講義をお願いし、今月は昨年10月の続きに戻って「9章 いかにして聖霊を受けるか」を学んだ。


今月は司会役を務めさせていただき、最初に讃美歌354番「かいぬし我が主よ」を讃美し、聖書拝読(ヨハネによる福音書14章15〜17節)、祈り、開会礼拝を捧げた。


読書会に入るといつものように、私たちが読んで分からなかったところを解説し感想に耳を傾けてくださった。

毎回思うことであるが、私たちのために講演(講義)してくださり、テーブルを囲んで拝聴できる恵みに感謝が溢れてならず、学びに入る時はいつも意識的に集中させねばならない。


テキストの『使徒信条講解説教』は、第2次世界大戦が始まった時のブルンナーの説教であり、スイス人は戦火を免れたいという祈りであった。

その祈りは正しいが、「そう祈ることによって決して救われはしない。地には戦争よりも悪いことがあり、それは国民の精神的退廃であります。・・・

神はしかし、繰り返し繰り返し事情を悪くいかせることによって、わたしたちをして何が尊いものであり、何が本当に重要であるかをはっきり教えたもうのであります。・・・

わたしたちの地上の生にとって常に最も重要であるところの祈りとは、神の聖霊を求める祈りなのです」。

コリント人への第2の手紙 3章16節〜18節(新共同訳):
「しかし、主の方に向き直れば、覆(おお)いは取り去られます。
ここでいう主とは、”霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。
私たちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられて変えられていきます」。

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右の写真はブルンナーが使徒信条講解説教をしたチューリッヒのフラウミュンスター教会で、教会の中にシャガールのステンドグラスがあるという。

左の写真はブルンナーの墓で、「主の霊のあるところには自由がある」と書いてある。(ドイツ語で読んでいただき感激した)

生涯のモニュメントである墓にこの聖句が書いてあるのは、18節も含めて選んだのであろう。

ブルンナー曰く、
「祈りとは、自分の力でなしうることはことごとくやり遂げるという意志と関係をもつかぎりにおける約束なのである。・・・
           
わたしたちのなすべきことは非常に痛みに満ちたもの、抵抗を感じるもの、反発するようなものなのです。

成すべきこととは悔い改めることである。

悔い改めるとは先ず神と語ることを意味し、声を出して神と語ることです。神に心から自分自身の悲しみをうちあけること。・・・(自らの)不従順な心が暴露されるが、それをつまびらかに神に告げることであります。

悔い改めは必然的に罪の赦しと従順な心を求める祈りへと注ぎ出して行きます。

悔い改めることによってのみ神と出会うことができる。ちょうど握り拳の上には何の贈り物も置くことができないように、悔い改めない心には神もその愛を置きたもうことはできません。

悔い改める人のみが扉を見出し、扉を開ける。そして、道はそこを通って行き、この一本の道以外に山頂をきわめることはできない」。

罪の赦しこそが、神へ自由に近づくことができ、律法からの自由、罪、自己、死からの自由、そして、積極的な自由が与えられる。

ブルンナーは「聖霊における平和と喜び」こそ私たちがもたないといけないものであると述べている。「神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである」。(ロマ書14章17節)

この箇所は新共同訳のドイツ語訳聖書では「神の国は平和と喜び」と訳している。ルター訳聖書には「おける」であることから、ブルンナーはその関連の聖書からそのように語ったようである。

まず神との平和が回復されて人々との平和に及んでいくのである。

今日は心安く学びに集中し溢れる恵みをいただいた。それなのに感想を述べるのを忘れていたことを今思い出すとは情けない。それは次のようなことだ。


「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」という一休禅師の道歌を例にとれば、仏教では「仏」と呼び、キリスト教は「イエス・キリスト」と、それぞれ呼ぶ名前が違うだけで、人間が求めている "Something Great" は同じものという考え方がある。


また、近代になって宗教多元主義が起こり止揚(アウフヘーベン)する動きが進んでいるが、ブルンナーの説教から改めて「悔い改める人のみが扉を見出して扉を開け、道はそこを通って行き、この一本の道以外に山頂をきわめることはできない」ということを深く頷かされた。


そして、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」。(ヨハネ14章6節)のみことばを味わい、道を見出し見出させてくださったことを深謝した。


IMG_5107.jpg「あなたは神にある喜びをもっておられますか。もしももっているなら、あなたは罪の赦しをもっているのです」。

アーメン(その通り)です。

私は神に罪赦されていることを再確認させていただいた。しかし「私たちは繰り返し神から離れ」る者ですから日々刻々に悔い改めて生かせてください! そして、


「神を心の中に持つ人は、他者のことを常に考える人であります。なぜなら、神を愛する人は、神の被造物と神の子たちをも愛するからです」。


今これを心に刻みながら書き終えて聞こえてくる言葉です。私の心をもっともっと広く開放していただきたいと願う。


次回は6月24日(土)、4名全員で集えますように。下村さんも祈ってくださっています。


1485064555.jpg附記:下村さんのお宅の門に植わっている大きなオガタマノキから、バナナが熟したような匂いが漂うそうだ。

日が当たると香るとお聞きして聖書に出てくるヒソプの花を思い浮かべた。ヒソプの花は折られた時に麗しい香りを発するという、傷つけられた時に・・・。

オガタマノキの英名は”Japanese Banana bush”とあった。花はコブシやモクレンよりも小さいそうだ。見たいな・・・いや、ひょっとしたら散歩中に見ているかも知れない。


posted by 優子 at 19:53| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

2017’百花繚乱の5月 C ―サクランボと鶯の声を!―

今はサクランボの季節、短い短いステキな季節。
桜の季節よりも大好きな季節。
一年中で一番心安らぐ季節。


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一粒だけ口に入れると砂糖漬けのように甘かった。
鳥たちよ、おあがり、初夏のごちそうを。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである」。     
           (第1テサロニケ人への手紙 5章16節〜18節)

神さまが創られた美しい自然、さくらんぼを見ていたら、私の霊は神をほめたたえずにはおられず、何度も神の息吹きを深呼吸しながらいつまでも満面の笑みを天に向けていた。
                  ―過去ログ 2012.5.14より―

今日はいつもと違うコースを歩いた。自然界の輝きをマリオ・アカールの" Le Temps des Cerises"、 「さくらんぼの時」(訳語では「サクランボの実る頃」)を聞きながらリラックスのひと時を。

「私たちがサクランボの季節を歌い
陽気なナイチンゲールやマネシツグミが
すっかり浮き浮きしているであろう頃
娘たちは頭におかしな思いを抱き
恋人たちは心に太陽を抱くだろう
私たちがサクランボの季節を歌い
マネシツグミがより上手にさえずるであろう頃

でもとても短いんだ、サクランボの季節は・・・」

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上に向かって実をつける山桜のサクランボ、なんだか酸っぱそう。 

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柿の花?

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「あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」。

             (マタイによる福音書 6章27節〜29章)

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輝く新緑

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たくさん花をつけているのに収穫されないままのレモンもいっぱい。 

最後に40秒間のビデオ、鶯の声をどうぞ!

風に揺れる木の葉の音と鶯や小鳥の声を録音したかったが、鶯の声だけが際立っていた。鶯の生態は知らないが、国定公園内という自然環境ゆえにか大阪市内から電車で30分の所に鶯がいるのは驚きだ。

家庭集会をしていた頃、鶯が庭の木で鳴いたものだからあまりの大きな声に驚かれ、拡声スピーカーで流しているのですかと尋ねられたこともあった。3月前後から鳴き始め、この時期は鶯の声で目が覚める。

附記:散歩から帰宅して写真を見ようとパソコンを起動させた瞬間に真智より電話が入った。ワシントンD.C.は夜の11時22分。
「おやすみなさい」を言って切ったのはD.C.の12時32分だった。
今夏の帰国日程を調整中、感謝!


posted by 優子 at 21:40| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

2017’百花繚乱の5月 B

今週はずっと肌寒く、今朝は毛糸の肩掛けを出してきて本を読んでいたが、部屋の中は寒くて散歩に出た。今は23度になっているが曇っているので室内は寒い。

花々の写真を楽しみに見てくださっている方のために、今日も5月の散歩をご一緒に!

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アジサイ宅のあやめ。Kさんとしばらく話す。

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これは何という木だろう?

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↑ この木は? こんな木(↓)です。

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これはエゴの花だろう。

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草藪の中に咲いていた。

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これもよく見かけるが名前を知らない。

「こんにちは、カラスくん!」IMG_5007.jpg

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これは柿の木だから柿の花だ。

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1本の木から白と赤の花が咲いている。
よく見るが名前は知らない。
葉がアジサイに似ているのでアジサイの仲間だ。

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空に向かって勢いよく伸びるタチアオイの姿がいい!

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梅の実がいっぱい!.jpg
梅の実がいっぱい!
ここで草刈りをしておられた83歳の男性とは初対面。
会うなり身の上話を語り始められ20分ほど話していた。

イチジクの葉.jpg
「いちじくの木からこの譬を学びなさい。
その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、
夏の近いことがわかる」。

― イエスさまの言葉 ―(マタイ 24章32節)

ミカンの花.jpg
これはミカンの花。甘い匂いに酔ってしまいそう。

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レッドオニオン

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色とりどりの矢車草.jpg
色とりどりの矢車草。本当に美しいね。

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鳴き声のするほうへ行くとカエルがいたよ。
先ほど帰宅したユキに聞くとトノサマガエルだって!

ジャガイモの花.jpg
これはジャガイモの花。
小学校3〜4年生の時に理科で習ったとおりに
芋の切り口に木灰をつけて植えたら白い花が咲いた。
でも、こんなに印象的な黄色はなかった。
祖父を思い出すジャガイモの花。

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この時期の栗の木を見たのは初めて!

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実はこれは「やらせ」。
左手でタンポポの綿毛を触ってから撮った。

この勢い!.jpg
この勢いはすごい! 
みんな空に向かって真っすぐに伸びている。

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この木には白と黄色い花をつけていた。
初めて見た…いや初めて気がついたのだ。
それに2009年からめったに歩いていないから。

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イソトマの花が満開だった!
我が家のはまだ蕾もつけていない。

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スモークツリー

これもきれいねー.jpg
これもきれいねー。
散歩中、何度も「きれいねー」と言いながら駆け寄った。

この花(↑)は次の写真の手前に咲いている花。
これまでの私は近寄って見ることもしなかった。

この手前の花よ.jpg

足元に!.jpg
もう少しで踏みそうになった、気がつくと足元に咲いていた。

山桜のサクランボ.jpg
山桜のサクランボ

物知りのNさんと一緒だと教えてもらえるのだが、花や木の名前を知りたいけれど調べるのはたいへん。ただただ神が創造された美しい世界に驚くばかり。

posted by 優子 at 15:35| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

2017’百花繚乱の5月 A ― バークレー「若人の祈り」―

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「神さま、きょう一日中元気よく過ごせますように、
 そして私がしなければならないことは何でも、
 笑顔でそれをすることができるように助けてください。


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 神さま、きょう一日中勤勉でありますように、
 そして私がしなければならないことは何でも、
 最善を尽くすことが出来るようにしてください。


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 神さま、きょう一日親切でありえますように、
 そして私がしなければならないことは何でも、
 暇がなくて助けてあげられないなどというようなことが
 ないようにしてください。


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 神さま、きょう一日中勇敢でありえますように、
 そして私がしなければならないことは何でも立ち向かい、
 身をかわすようなことがないように助けてください。


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 神さま、きょう一日中敬虔な気持ちで過ごすことができますように、
 そして私がしなければならないことは何でも、
 あなたが私をごらんになっていることを心にとめ、
 全ての言葉があなたのお聞きになるにふさわしいものとなり、
 全ての働きがあなたに捧げるにふさわしいものとなるように
 してくださいますように。

 主イエス・キリストによって祈ります。
                     アーメン」。
posted by 優子 at 10:07| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

2017’百花繚乱の5月 @

あまりにも疲れやすく太ももに力が入らない。2ヶ月ほど前にもこのような時があった。朝は肌寒かったが強い陽ざしが届いていた。もうすぐ正午になろうとしていたが、陽ざしに誘われるように外に出た。

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街路樹の足元に植えられた花が勢いよく咲いている。
その明るい表情に「こんにちは」と声をかけてしまった。

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池の周りは西洋タンポポで埋め尽くされていた。
この季節もまたやっぱりチャッピーを思い出す。

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初夏を告げるタチアオイ。
幼い頃の心の風景に残っている真っ赤なタチアオイ。
それは祖父との光景だ。

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風に揺れる矢車草。

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これが楓の種!

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玄関の白鳥草も咲き始めた。

午後は知子とユキの冬布団を片付けてから横になり、夕刻まで怠けてしまった。どうしても起き上がれなかった。

posted by 優子 at 22:12| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

家の教会2017R ―「母の日」の今日的意味―

IMG_4889.jpg今朝は町内会の草引きで、夫も珍しく10年ぶり(?)に参加した。知子は講演会のために外出。
今回ユキは手伝わないでボールを壁当てして遊んでいたら蛙を見つけた。この近辺に池など水辺はないのにね。

2017年5月14日(日) (2017第19回 家の教会)
16時〜16時45分
出席者 4名
@ 奏楽    知子
A 主の祈り   
B 聖歌    402番「丘に立てる荒削りの」
C 聖書輪読  列王記上3章16節〜28節
D お話    優子
E お祈り   優子、ユキ
F 讃美歌   510番 「まぼろしの影を追いて」
G 後奏    知子

列王記上 3章16節〜28節:
3:16 さて、ふたりの遊女が王のところにきて、王の前に立った。
3:17 ひとりの女は言った、「ああ、わが主よ、この女とわたしとはひとつの家に住んでいますが、わたしはこの女と一緒に家にいる時、子を産みました。
3:18 ところがわたしの産んだ後、三日目にこの女もまた子を産みました。そしてわたしたちは一緒にいましたが、家にはほかにだれもわたしたちと共にいた者はなく、ただわたしたちふたりだけでした。
3:19 ところがこの女は自分の子の上に伏したので、夜のうちにその子は死にました。
3:20 彼女は夜中に起きて、はしための眠っている間に、わたしの子をわたしのかたわらから取って、自分のふところに寝かせ、自分の死んだ子をわたしのふところに寝かせました。
3:21 わたしは朝、子に乳を飲ませようとして起きて見ると死んでいました。しかし朝になってよく見ると、それはわたしが産んだ子ではありませんでした」。
3:22 ほかの女は言った、「いいえ、生きているのがわたしの子です。死んだのはあなたの子です」。初めの女は言った、「いいえ、死んだのがあなたの子です。生きているのはわたしの子です」。彼らはこのように王の前に言い合った。

3:23 この時、王は言った、「ひとりは『この生きているのがわたしの子で、死んだのがあなたの子だ』と言い、またひとりは『いいえ、死んだのがあなたの子で、生きているのはわたしの子だ』と言う」。
3:24 そこで王は「刀を持ってきなさい」と言ったので、刀を王の前に持ってきた。
3:25 王は言った、「生きている子を二つに分けて、半分をこちらに、半分をあちらに与えよ」。
3:26 すると生きている子の母である女は、その子のために心がやけるようになって、王に言った、「ああ、わが主よ、生きている子を彼女に与えてください。決してそれを殺さないでください」。しかしほかのひとりは言った、「それをわたしのものにも、あなたのものにもしないで、分けてください」。
3:27 すると王は答えて言った、「生きている子を初めの女に与えよ。決して殺してはならない。彼女はその母なのだ」。
3:28 イスラエルは皆王が与えた判決を聞いて王を恐れた。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからである。

お話:
このお話は今から3000年ほど前のイスラエルのソロモン王のお話です。生きている赤ちゃんを巡って2人の母親が「これは自分の赤ちゃんだ」と主張するのでソロモン王に正しく裁いてもらおうとやってきました。

すると王は、「この生きている赤ちゃんを二つに裂きなさい。そして、半分をこの女に、もう半分をもう一人の女に分け与えよ」と言いました。

すると一人の母親が、「王様、お願いです。この子を生かしたまま、この女の人にあげてください。この子を絶対に殺さないで下さい」と言い、もう一人の母親は「この子をわたしのものにも、この人のものにもしないで、どうぞ、裂いて分けてください。」と言いました。

この二人のお母さんの言葉を聞いたソロモン王は、どちらの女性が本当の母親であるかわかったので、「この子を生かしたまま、さっきの女に与えよ。この子を殺してはならない。さっきの女が本当の母親だ」と言って、赤ちゃんを本当のお母さんに戻しました。

ソロモン王の中に神さまの知恵が働いているとイスラエルの人々が王を讃えたというお話です。

本当のお母さんは、「絶対に殺さないでください!」と訴え、この子さえ生きているならば我が子がこのようなひどい女性のものになってもいいと、我が子の命を最も大切に守ったのです。

母の愛はこの世で一番神の愛に近いと言われます。例えば、ポンペイ遺跡(イタリア)の発掘調査で我が子を抱いたまま火砕流にのまれた母と子があったというお話は昨年の母の日礼拝でしました。

ユキもよく知っているように、動物がどんなに一生懸命ヒナを育てているか。親は働きづめで一日中魚や虫を捕り続けて雛に与える姿は、いつも『ワイルドライフ』で観ているよね。

中には例外もあると思うのがカッコウだけれど、カッコウは自分で卵を温めないでオオヨシキリやモズの巣に卵を産んで、その巣の鳥に温めてもらって孵化させて餌まで与えてもらうので、我が子を愛さない生き物もいるんだと思いました。

でもカッコウにも理由があるらしく、カッコウは体温保持能力が低いので、例えば外気温によって体温が大きく変動するので雛にかえるまで温められないからだろうということです。それでも自分勝手だなあと思うのですが、このこともまた我が子を大切に思えばこその本能ですね。

どんな動物でも親は命がけで子どもを守り育てます。特にお母さんと子どもは父親以上に深い愛情で結ばれているようです。子どもを育てられるようにと神さまが備えてくださったのだと思います。

でも今は幸せな母子ばかりではなく大きな社会問題にもなっている、親の愛を受けなかった子どもや虐待された子どもがたくさんいます。

モーセの十戒には「あなたの父と母を敬え。」とありますが、幸いな親を持った人は簡単に「お母さん、ありがとう」と言うことができますが、そうではない親の子はできるでしょうか。

そのようなことを思うと「母の日」はお母さんを亡くした人だけではなく、親によって心が深く傷ついている子どもにとっても辛い日になっていることでしょう。でも神さまはそのような思いをよくわかってくださいます。誰よりもわかってくださるお方です。

その思いを神さまに知ってもらうのです。祈りの中で全部お話しするのです。神さまは必ずや心の傷をいやしてくださいます。そしていつか心の傷や痛みが消えていき、気持ちが変えられていくということが聖書に記されている約束です。

長い時間がかかってもいい、いや、それが私に賜った人生だと受け止めて生涯かけて神さまに求め続けるのです。

ピリピ人への手紙4章6〜7節にこのように書いてあります。

「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう」。
                   
祈ることができる人は幸いです。試練や不条理に向き合うことは人生の大きなチャレンジです。自分に向き合うことせずして人生へのチャレンジはありません。

神さまに正直に自らの悲しみや苦しみ、怒りもすべて告白して求めていくならば、いつか必ず親の弱さを理解しゆるせるようになるとありますから、生涯かけての課題として向き合ってほしいです。


世の中には不平を糧に生きている人、人に求めるばかりで全く感謝を知らない人がいますが、そのような生き方は人生を台無しにしているのです。どんなに健康やお金に恵まれていようとも「感謝」を知らずにいる人は生かされている喜びを知らないのです。

近年、公立幼稚園・小学校では「母の日」や「父の日」を全く言わなくなり、そのこともまた画一的ゆえに異様に感じますが、私は「母の日」の今日的意味をこう考えます。

「母の日」は母を亡くした人にとっては母を偲ぶ日であり、母が健在な人は母との時を大切に思い、母への感謝を伝える日であり、虐待や放任により心に深い傷を受けている子どもは神と出会って幸せな人生を選び取る日であってほしいと思います。

そして子育て中の現役の母親は、養育の大任を果たせるようにと姿勢を正し、親と子との限られた幸せな時を味わいながら過ごしてほしいと願います。


「母の日」は1908年5月にアメリカのアンナ・ジャービスという女性が、教会学校で長く教えていた母親を記念して追悼会を行ったことから始まりました。

その日アンナは、母への感謝を表すために母の大好きだった白いカーネーションを礼拝堂に飾り、追悼会の終わりに参加者に配りました。

その後20年ほどの間に全世界に広まり、1952年ウィルソン大統領の時に「母の日」が制定され、やがて赤いカーネーションは生きているお母さんを、白は亡くなったお母さんを表すようになりました。

アメリカの第16代大統領リンカーンは常に聖書を読み、祈り、神と共に生きた人、奴隷解放宣言をしたりっぱな人でした。リンカーンはお母さんのことをこのように言っています。

「神よ、私の母を祝福して下さい。・・私の全ては彼女のおかげです」。

リンカーンの母の祈りは我が子を通して歴史を変え、世界の秩序を牽引していったのです。

IMG_4870.jpg昨日、独りデパートに出向き、母への贈り物を思いながら歩き回った。

そう、私の母はとっくに亡くなって21年になる。でも母が懐かしくて、もう一度だけ贈り物をしたくて歩いた。母が今も健在ならば91歳だが、私は60歳頃の母を想っていた。

ほぼ全てを見て回ったけれど、結局、何かおいしいものを食べに行き、ケーキとカーネーションかな・・・

母に話しかけながら楽しい夢のような時だった。

私は体調が悪いので口の中が苦くて何もほしくなくて、カーネーションだけ買おうとした時、現実に気がつき、手を放した。自らの白髪姿を思い出したのだ。

カーネーションを贈られる側の年齢なのに、買うなんて惨めで恥ずかしいと思ったのだ。しかし、あとで考えると不思議なことでもなかった。今は元気な90代も珍しくはないから。

E3808CE6AF8DE381AEE697A5E3808D1994.jpg私は今も、
こよなく母に感謝している。
懐かしいお母さん、
懐かしいお父さん、
また会おうね。
もうすぐやね。


1994年の「母の日」に讃美歌510番を歌っているところ。
嚥下力がかなり落ちていたので、メロンを持って行ったが・・・

讃美歌510番 歌詞
1 まぼろしの影を追いて
  うき世にさまよい、
  うつろう花にさそわれゆく
  汝(な)が身のはかなさ。
(折り返し)
 春は軒の雨、秋は庭の露、
 母はなみだ乾くまなく、祈ると知らずや。

2 幼くて罪を知らず、胸に枕して、
  むずかりては手に揺られし むかし忘れしか。

3 汝が母のたのむ神の みもとには来ずや、
 小鳥の巣にかえるごとく、こころ安らかに。

4 汝がために祈る母の いつまで世にあらん、
  とわに悔ゆる日の来ぬまに、とく神にかえれ。
                  アーメン
posted by 優子 at 21:28| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

ユキはクラスの「生き物係」

4年生になって1ヶ月、その間に学校へ持っていった生き物は。。。

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池で魚釣りしていた人にもらったブルーギル。

IMG_4521.jpg4月末に捕まえたカナヘビ。名前からして気持ち悪いがかわいい眼をしており、ユキが頭を撫でてやると目を閉じて眠る。

カナヘビ・ナビちゃんを学校へ@.jpg




生き物を捕まえては学校へ持って行くユキ。まだまだかわいいね。
そんなユキがバッタを捕まえてきて躊躇なくカナヘビに与えたと言うので驚いたが、ユキは命の営みを知っているからだと思った。

というのは1〜2年前から毎週ユキと観ているBS放送の「ワイルドライフ」から、自然の摂理を理解しているのだと思う。

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7日に捕ってきたメダカ4匹とたくさんのスジエビも翌日学校へ。

その中に産卵中のメダカがいるのをお友達が発見し、「おばあちゃんに見せてあげたくて持って帰ってきたよ」と優しいユキ。

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「うわぁー、初めて見たよ!
でもオスがいなくてもいいのかなあ????」

しかし、その翌朝死んでいた。
教室の水槽に入れたメダカも全部、エビもたくさん死んでいたそうだ。

そして今日はお友達からニホンイシガメをもらって来た。
日本石亀@.jpg

日本石亀A.jpgユキの横にチャッピーがいないのがさみしい。
いつも何でも覗きに来ていたから・・・・

ユキの秋みつけ.jpg

クマゼミを見せている.jpgこれはクマゼミを見せてもらっているところ。
(2014年7月)

今度はサワガニ!.jpg
これは2015年6月、中にいるのはサワガニ。

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チャッピーのことを思い出して悲しくなってしまった。。。けれど

今学校に向かっているユキの笑顔が見え、元気な声が耳に聞こえるよ! もう耳鳴りになっているポケモン・サンムーンの歌。
「今日も一日張り切って行きましょう!」
誰も皆、今日も良い一日をね!!!
 
posted by 優子 at 08:05| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

雨上がりの朝に

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今朝、日曜日に写し忘れた花を見るべく土手までユキを見送った時、雨の雫が光る美しさに心躍り大急ぎでカメラを取りに帰った。

そして天を仰ぎ、今朝届いた御言葉を口ずさんだ。

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」。
空を仰ぐ.jpg

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」。   
                      (詩篇 19篇1節)

朝、昼、夜に3分間、空を見上げ、両手を広げて、今日の御言葉を唱えつつ、主の栄光を仰いでみてください。あなたの人生も、今も将来も、家庭も職場も、学校も教会も、主の栄光が満ちていることがわかってきます。
心が塞いでも、下を向いていてはなりません。神の国すでに来ているのです。主はあなたに微笑んでおられます。

                (キリストの栄光教会・川端光生牧師)
アーメン!

posted by 優子 at 12:49| 随想 | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

紀伊勝浦から新宮の旅 ―世界遺産3か所「那智の滝」と「熊野本宮大社」と「熊野川」舟下り―

翌5日、朝はやや曇りがちながらも天気は明朗だった。

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紀州M.jpg

紀州N.jpg

朝食を終えてホテルを発つ。

紀州P.jpg


紀州Q.jpgこのあと島めぐりを予約していたため、ユキに一番見せてやりたかった勝浦漁港を訪ねることができなかったのが残念でならない。

勝浦駅やこの辺りは以前のままでのんびりしていた。


1996勝浦.jpg

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そして、「紀の松島めぐり」へ。
紀州Qダッシュ.jpg

ユキと同じ場所で21年前のママと真智が居るよ!
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乗客は10数名だけで定員の1割にも満たなかった。この日は悪天候で波が高いため55分間のコースではなく40分のショートコースになったので残念。
紀伊松島.jpg 

勝浦と言えば有名な「ラクダ岩」と「ライオン島」だが・・・
らくだ岩.jpg IMG_4720.jpg
ライオンの後ろ姿を想わせる「ライオン岩」。
2011年の台風12号による紀伊半島大水害で「ラクダ岩」は破壊され、「ラクダの湯」はなくなっていた。
現在のラクダ岩.jpg
これが現在の「ラクダ岩」。




紀州R.jpg船を降り、次は世界遺産・熊野本宮大社へ向かう。
ユキの後ろ姿を見ると広島へ行った6年前のユキを思い出す。赤いキャリーだけはあの時と同じ。
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Rの次に熊野本宮大社@.jpg

熊野本宮大社のトレードマーク、3本足の八咫烏(やたがらす)は、日向の国から和歌山に上陸した神武天皇を奈良まで先導したという。この故事に習ってボールをゴールに導くようにとの願いを込めて日本サッカー協会のマークに用いているようだ。

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昼食は熊野本宮大社内の「カフェアルマ」で済ませ、バスの発車時刻までゆっくりした。
「ユキ、クロアゲハがたくさんいたね。この日のこと、忘れないでね。私も忘れないよ」。
そしていよいよ最後のプログラム、
今回一番楽しみにしていた世界遺産・熊野川の舟下り!

紀州S.jpg

この日は川の水が少なく浅いところは石が船底に当たるからと、通常10人乗るところが5人になったから、「ラッキーですよ」とガイドさん。

道の駅「瀞峡(どろきょう)街道熊野川」下の川原から熊野速玉(はやたま)大社横の川原まで16キロメートルを90分かけて下る。

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座布団の下にあるシートを下半身に巻いて、いざ出発!

紀州㉒.jpg


DSC06530.jpg浅いところは川底の石が見え船底にゴツゴツ当たったが、最も深いところは23メートルもあるそうだ。流れの速いところは水が舟の中に入って来て、夫はかなり濡れていた。

最も深いあたりで語り部さんが横笛を吹いてくださり平安時代の世界を想像した。ユキが演奏の一部を録画してくれていたのに、ビデオをインストールしないうちにカメラの中身を全て削除してしまった。

演奏のあとに「感謝と祈り」という曲名だと聞いてますます感じ入った。娘たちの結婚記念誌のタイトルと同じだったから。

紀州㉓ダッシュ.jpg

紀州㉓.jpg
ユキの笑顔が私の慰め、希望!

紀州㉔.jpg

終点近くでは6年前の紀伊半島大水害で壊れた堤防を工事していた。水は熊野川の堤防を越え、家々は堤防の高さまで水没した。
紀州製紙工場.jpg
白い煙を上げているのは紀州製紙工場(現在は北越紀州製紙工場)。

終点「熊野速玉大社」横の川原で下船して、熊野速玉大社に入ったものの関心が無くて立ち寄っただけ。

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1時間後のバスを待っても間に合ったが、
バスの乗車券を無駄にして歩いてJR新宮駅へ向かった。

帰りの列車も「くろしお」のはずなのに、
「オーシャンアロー」を「くろしお」にして走らせた。
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「キリストに従う人は皆、地上では旅人で、寄留者です。信仰によって、私たちは前進します。神が導いてくださると知っていますから。信仰によって、私たちは確信します。神は、私たちを離さず、捨てられません。信仰によって、私たちは天の故郷を待ち望みます」。
             (『ディリー・ブレッド』より)

今年もまた「母の日」が来る。
もう母にも父にもプレゼントを贈ることができないけれど、父と母と再会できる日を楽しみに、さあ、微笑んで!
前を向いて歩いて行こう、主イエスと共に!

posted by 優子 at 18:06| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

紀伊勝浦から新宮の旅 ―世界遺産の熊野古道と「那智の滝」と青岸渡寺へ―

5月3日、一泊2日で紀州へ出かけた。1年9か月ぶりの旅行である。
夫は私より6歳年上だがよほど体力に自信があるのだろう、自動車で行こうと言ったがそれでは行かぬと反対して旅行者で組んでもらって出かけた。

私は小学生の頃に勝浦・那智の滝、鬼ヶ城や瀞八丁(どろはっちょう)など熊野方面も含めれば3度(?)連れて行ってもらったように思う。母方の祖父母の家が阪和沿線だったこともあり、何とも懐かしく通り過ぎる紀州路の駅名を追った。

紀州@.jpg昔から捕鯨で知られている太地は、先年「ザ・コーヴ」が太地のイルカ漁を取り上げたことでも有名になった。駅を過ぎるとまもなくそれらしき湾があった。


天王寺から「くろしお」で3時間半、ようやく紀伊勝浦に到着した。

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紀州B.jpg駅前から定期観光バスに乗って、熊野古道・大門坂へ!
熊野古道の起点は(大阪)天満橋の八軒家(はちけんや)で、「熊野街道起点の碑」の前に福助ビルがある。

大門坂は杉並木と石段が650メートル続く那智山への参道で、入口には樹齢800年の夫婦杉があった。登る時間はないので大門坂に入って15分間ほど滞在しただけ。

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紀州D.jpg

紀州E.jpg
霧雨が本降りになってしまった那智の滝。
この時、かなり降っていた。

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1996.8那智の滝.jpgこれは1996年8月にマイカーで行った時のもの。
この頃、母の看病で家庭のことまで行き届かず、後ろ髪を引かれる思いで看護師さんや兄に頼んで遠出した。この2か月後に母を看取った。

21年後の今も苦悩は深まるばかり。私にとってはユキのために最後の頑張り―即ちそれは、これまでの人生で幾たびか経験してきた絶望的危機の時に、真剣に神の導きを渇望して立ち上がろうと―決意しての旅である。

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紀州I.jpg次は那智山青岸渡寺(せいがんとじ)へ。
476段の階段は途中で断念しようと思うほどきつかった。軽快に登っている夫の後ろ姿を見て、やっぱり私は長生きできないなと思った。
みんな先に行ってしまいひとり置いて行かれた。

1996青岸渡寺へ.jpg



→ この時もしんどかっただろうが、階段があったことも全く記憶にないほど元気だった。21年も経ったのだから当然だけれど。
70歳で亡くなった母と同じならばあと4年……精いっぱい生きなくては!!!



紀州J.jpg
これはユキが撮った写真。
ここ熊野権現の境内から青岸渡寺につながっている。
青岸渡寺は430年前に建てられた。西国三十三所第一番札所というのは21年前に覚えたが、2番目は紀三井寺だという。

紀州K.jpgこれが現代版おみくじ?
「何をか言わんや」である。







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ユキがDSで撮った写真の写りがよいと喜ぶと
カメラでも写してくれた。 

前回はホテル浦島へ泊まったが、今回はホテル中の島に宿泊した。

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鯛のこんな悲しい目を向けられていたら食べられない。
心が繊細な人は食べられないだろう。
私は無理して幾切れか食べたがおいしくなかった。
いつものようにおつくりはかなり残った。

この日は和歌山も概ね晴れの予報だったのに南風が入って来て雨を降らせたそうだ。低気圧が近づいているので明日は朝から雨だろうと覚悟して眠った。

posted by 優子 at 18:41| 夫婦・家族 | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

家の教会2017Q ―真の信仰に立って聖霊を受ける 「十人のおとめの譬え」より―

2017年5月7日(日) (2017第18回 家の教会)
16時〜16時20分
出席者 3名(With Y&R)
@ お祈り   優子
A 聖書輪読  マタイによる福音書25章1節〜13節
B お祈り   一人ずつ

マタイによる福音書25章1節〜13節:
25:1 そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。
25:2 その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
25:3 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。
25:4 しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
25:5 花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。
25:6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。
25:7 そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
25:8 ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。
25:9 すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。
25:10 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。
25:11 そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。
25:12 しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。
25:13 だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

お話:
先週はイエスご自身が語られた終末についての説教を読みましたが、今日輪読した「十人のおとめの譬え」もまた終末に重なるキリスト再臨の話です。

聖書では婚姻の譬えをとおして教会をキリストの花嫁として迎えることが記されていますが、「十人のおとめの譬え」では花婿であるキリストを待つ十人のおとめとして語られています。

油は聖霊の表徴であり、十人のおとめ(処女)は皆キリスト者の名称を持っている人々です。

前者は信仰によってキリストに連り聖霊を豊かに受けた人々であり、後者はキリストの教えを知的に感動した人たちなのでしょうか聖霊を受けてはいませんでした。

また反対にいくら熱心であっても真の信仰でなければ聖霊は内住されず、即ち洗礼を受けて「キリスト者(クリスチャン)」という名称を持っていてもダメであることが明言されています。

聖霊(油)は分け合うことができず、各自がキリストよりいただいて準備しなければならないのです。そのことを私は次のように考えます。

御言葉を読むことも祈ることの必要を感じることなく生きている人は聖霊を受けていないのであり、また、「祈ってくださっているから」と、祈ることもできないほどの情況でもないのに執り成しの祈りをあてにしている人も論外でしょう。

思慮の深い賢い人であるか思慮の浅い愚かな人であるかは再臨の時に一瞬にして明らかにされ、各自の信仰がいかなるものであるかが明確にされるのです。
その時、一人ひとりの信仰が問われ、自己の信仰によって神の前に立たねばならないのです。

注目すべきことは、眠ってしまうという肉の弱さはすべての信者に共通しており、思慮の浅い5人だけではなく、思慮深い5人も寝てしまったことです。

イエスさまが「心を熱しているが肉体が弱いのである」(マタイ26章40・41節)と弟子たちに仰ったお言葉を思い出します。

イエスさまは私たち人間の弱さを理解してくださっています。その上で警告してくださっているのです。大切なことは眠らないことではなく、私たちの信仰の火を再び燃やす予備の油を持っているかどうかであると!

私たちは神さまの恵みから迷い出てしまう弱い人間です。何度決心しても意志の弱い心身(肉)をもって生きています。

しかし、だからこそ自分の弱さを思い知らされて、何度でも悔い改めるのです。自分の愚かさや醜さを知って生きる人は幸いです。イエスさまの警告はそこにこそあるのです! 


「思慮の浅いおとめたち」は自分の弱さや愚かさを知らず、自分が強くて賢い人間だと思っている人たちであり、自分に自信があるから予備の油の用意をしなくても大丈夫と考えてしまいます。

それに対して「思慮の深いおとめたち」は、自分が愚かで弱い人間であることを知っていますから、用心深く予備の油を用意していました。

イエスさまは言われます。
洗礼を受けて「キリスト者(クリスチャン)」という名称を持っていてもむなしく、また反対にいくら熱心であっても真の信仰でなければ聖霊は内住されず、その時「わたしはあなたを知らない」と言うと。

私たちは主の贖いによって赦されて主の恵みの中で生きる者とされました。にも関わらず私たちは主を失望させるのですが、神さまはそのこともご承知なのです。

だからこそ常にそのような打ち砕かれた心を失わないで主の導きを求め続けて生きていくのです。日々イエスさまと共に生きることによって聖霊は豊かに注がれ、そのことがとりもなおさず「主の再臨に備える」ことなのです。

附記:ゴールデンウィークの4・5日、紀伊勝浦、熊野、新宮へ小旅行に出た。
その前日3日正午前に『種を蒔く』4号の2校が届きチェック。
昨日、大田先生より送られてきた2校と合体させて1冊に。数名に不明点を問い合わせながら、その後も23時過ぎまで必死の作業が続く。
今日も3時間ほど作業したがキリがないので手を放して印刷屋さんに送った。

posted by 優子 at 19:55| 家の教会 | 更新情報をチェックする