2017年01月08日

家の教会2017A −「沖に漕ぎ出そう」−

2017年1月8日(日) (2017第2回 家の教会)
10時〜10時45分
出席者 4名
@ 前奏
A 主の祈り
B 子どもの讃美歌 「天にいます私たちの父」
 
C 聖書輪読  ルカによる福音書 5章1節〜11節
D お話    優子
E お祈り   一人ずつ
F 讃美歌   445番 「み神と共に進め」
G 後奏    黙祷をもって終わる

ルカによる福音書 5章1節〜11節:
5:1さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、
5:2そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。
5:3その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。
5:4話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。
5:5シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。
5:6そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。
5:7そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。
5:8これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。
5:9彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。
5:10シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。
5:11そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。

お話:
先ほど読んだ箇所に出てきたシモンとは、後にペテロと呼ばれる人です。ペテロはイエスさまがシモンにつけられたニックネームで「岩」という意味です。

漁師であるシモンたちは魚がよくとれるのは夜だということをよく知っていて、それはプロの漁師にとっては誰もが知っている常識でした。でも、夜通し働いたのに魚は一匹も捕れなかったのです。

そこへイエスさまが、「沖に漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と仰いました。イエスさまは漁師ではありませんが彼らは言われたとおりにしました。

このとき彼らは夜の間ずっと働いていたのでクタクタです。その上に、もう網も洗っていたのです。そんな時に言われたとおりにするというのはすごいなあと思います。

イエスさまはチャレンジを与えられました。そのチャレンジを素直に受け止めたのもすごいなあと思います。この時、漁師の常識に縛られたままだったら大漁を経験することはできませんでした。


ここで私は経済学の大家・ケインズのこんな言葉を思い出しました。

「難しいのは、新しいアイディアを開発することより、古いアイディアから逃れることである」と言う言葉です。

自分を空っぽにしないと新しいものは入ってこないと思います。
「沖に漕ぎ出す」とは、「ガリラヤ湖沖の深い所へ行きなさい」と言う意味です。シモンたちは漁師ではないイエスさまが仰ったことだけれど、イエスさまへの信頼があるから従ったのです。私たちはどのくらいイエスさまを信頼しているでしょうか。

ここでシモンに大きな変化が起こっていますが気がつきましたか?
イエスさまの言われたとおりに網を下したら網が破れそうになるほど、2艘の船が沈みそうになるほどの大漁だったのです。

シモンは(5節で)イエスさまのことを「先生」とお呼びしていたのに、8節では「主よ」と呼び、「わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」と奇妙なことを言いました。

ペテロはきっと、このお方は私の心の中までご存知で、自分の心が罪でいっぱいであることがわかったので恐れおののいて告白したのです。

私ならば、「主よ、私の罪深さをゆるしてください」と言うと思うのですが、そうではなくシモンは、「わたしから離れてください」と言いました。「赦してください」というよりももっと謙虚であるのようにに思います。

するとイエスさまは、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」と言われました。ユキは「人間をとる漁師」ってどういう意味かわかる?
「イエスさまの話を聞く人を集める人」。そうやね、その通り! 人々にイエスさまのことを伝え導く人のことですね。

私は今日のお話のタイトルにあるように、神さまから示されたと感じたときは臆せずに「沖に漕ぎ出そう」と思いました。

最後に、みんな一言ずつ2017年の抱負を語り合いましょう。
ユキはこの新しい年はこんなことをやってみたいと思うことがありますか?(それぞれが主に在る志や希望を語りました。)
 
私たちそれぞれの目指すべき「沖」(深み)は、それぞれに違います。そして、今は何となく漠然としたものであるかもしれませんが、具体的な思いが与えられたら、その時は「私には無理だから」とか「私はできません」ではなく、主の御業を信じて主と漕ぎ出していきましょう。

このあと昨日(540円で)買ったばかりのDVD・『クォ・ヴァディス』を観ました。私が生まれた1951年にゴールデン・グローヴを受賞した歴史スペクタクルの超大作(2時間45分)です。

IMG_1855.jpg「クォ・ヴァディス」については昨年のペンテコステ礼拝でお話し記録していますので、是非お読みください。
映画では、まさに今朝読んだ聖書個所をペテロが群衆に語っていました。見ごたえがありお薦めです!!!

ボロボロになった讃美歌.jpg高校生の時に使っていた讃美歌はボロボロ。ついに今日、表紙が取れてしまいました。



posted by 優子 at 16:10| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

聖書の黄金律に立つ経営

キリストの教えは常に現実肯定であり、「主体的に生きよ」という教育です。知子は今、自らを高めながら、自身の生き方を通して、このことをスタッフの人々に伝える途上にあると言えます。

社員の方々は各部署の一人ひとりが無くてはならぬ大切な存在であることを理解し、それゆえに自身もまたそうであることに気づき、主体的な仕事ぶりに変えられています。

気がつけば皆が同じ意識でやっており、キリストの教えは最高の社員教育にも結びつくのです。今後ますます神さまから与えられた多様性を生かして、良き社風を構築していくことでしょう。

聖書は人生のガイドラインであり黄金律です。それは単なる観念や思想ではなく、具体的で現実を動かす力であり、最善にして最も生きやすい生き方でもあるのです。

人格を表す英語の”person”(パーソン)は、ラテン語の”persona”(ペルソナ・仮面)が語源と言われていますが、この「ペルソナ」(個)である自分自身の人格を高めていくことはやりがいのあることです。それはビジネスにおいても然り、そしてそれこそが最も求められていることなのです。

※ 過去ログで、「ペルソナ」から導入した「選ぶということ、自由に生きるとは」を書いています。

人間は何度か話せば、あるいは長い時間をかければ、相手がどんなに言葉が巧みであっても大体人柄はわかります。

職場内や社外との関係においても同じで、ビジネスにおいても全て人と人、心と心のつながりで成り立っています。それは夫婦、親子、友人、知人など、日常に関わる全ての人間関係において言えることです。

その核となる「人格」は心理学では行動から推測します。
「行動=人格×環境条件」で記すとわかりやすいと思いますが、「行動」は「人格」と「環境条件」という二つの要因によって表現されてきます。この場合、「環境条件が一定であれば」という前提が要ります。

行動の違いは各自の価値観によって決定され、その人が価値基準をどこに置くかによって、その人の思考、判断、行動に関係していきます。

人間として、また、人間関係で最も大切なとは、まず自分自身に正直であることと、他者に対して誠実であることとは、ビジネスパートナーとしても重要です。誠実な人は信頼でき仕事を任せることができます。

信頼関係があればそれが善循環となって良きものを生み出し、何よりも生きがいを感じて生きていくことができ、これ以上の喜びはないでしょう。


世界はますます混沌とし大激動の中にあります。どうなっていくか誰にも予想できません。大企業も中小企業の経営者も必死です。

しかし、知子は心強いです。
信仰者は神さまがこの道を開いてくださったことを知っているからです。ですから必ず最後まで成し遂げさせてくださるという確信を揺るがせないためにも、週の初めに神を礼拝し静思するのです。

すべての事に意味があることを忘れないで、試練の時は過去の恵みを思い出して炎を再燃させ、心が弱った時には励まし合って、今年も主(しゅ)と共にチャレンジに励みたいものです。誰もが自らの新たなるチャレンジです。

既にハーモニーを奏で始めている美濃紙業。
私は2017年の歩みに期待しています。


posted by 優子 at 10:20| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

お正月に屋外の遊び場へ!

お正月も早4日、2日からユウターンラッシュのニュースが流れていた。例年だと神戸の叔母を訪ねるのだが、今回は私も知子と共にゆっくり休養して活力を養うことにした。

昨日はのんびりと堺市(大阪府南部丘陵)にある「ハーベストの丘」へ出かけた。お正月に、しかも、寒い屋外で過ごすなんて人生65年初めてのことだったが、さすが知子のお薦め。近距離で十分楽しめて、遅い昼食も摂って6時間の外出で帰宅した。

ここで私はついに生まれて初めてゴーカートに乗った!!! 
まずはユキと知子から。これが幸運だった。というのは、乗車するのは身長140センチ以上という条件だけで、大人がアクセルとブレーキのついている右側に座ればよいということだったので、最初にユキと私が乗って、ユキがもっと乗りたいと言ったら知子と乗ればよいと思っていたら、ユキが「先にママと乗る!」と言ってきかなかった。

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全長850メートル.jpg




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IMG_1701.jpg「運転したことのない人には難しいわ。ママはユキと乗らなくてよかったわ」。
これが降りてきた知子の第一声だった。
ユキは私たちが勧めたブルーの防寒着を着ないで薄い上着を着てきたので「寒い、寒い」と言っていた。

次は私たちの番、私は係の人にお聞きした。

「私は自動車の運転はできないのですが乗れますか? 遊園地でもまだ一度もゴーカートに乗ったことがなくて、でもどうしても死ぬまでに一回乗りたいんです!」と。

IMG_1704.jpg係の男性はとても優しかった!!! 足だけ写っている、そのかただ。 
親切に教えてくださり安心させてくださった。
私は夫のサポートを頼りに右側に乗った!!! 
走行距離850メートル、「行ってきまーす!」

到着した時、その方が見守ってくださっていたことがわかった。私たちの前の人たちはぶつかって困っていたので、その男性が原付きに乗って白バイのように急行されていた。

IMG_1707.jpgこの写真を見て胸が熱くなった。
40年を共に歩いてきた2人。
そして、これからも。

IMG_1709.jpg"

「ハンドル左へ!」、「アクセル踏んで!」、「踏みすぎ!!」、「ブレーキかけて、ハンドル右!」
夫の声かけに合わせて必死でやっていた。やっぱり本物の自動車を動かすなんて私には怖くてできない。
でも、楽しかった!!! 
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IMG_1712.jpgそして、ユキはアーチェリーを初体験。






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真冬にポピーが咲いていた。

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そして、羊の放牧場へ。
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こんな看板に大笑いしてしまった。

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「ラマさんやね。こんにちは」

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この羊たちはおなかが空いているのか
スコップをくわえて放さない。

羊たちはみんな柵をかじっていた。
柵をかじる羊.jpg

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ユキは「羊がユキを見ている」と言ったけれど、
羊は餌をくれるのを待っている。

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この羊を見ていると
顔の冬毛が抜けて羊の顔のようになった
チャッピーを思い出した。
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これは、2014年3月17日のチャッピー。

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DSC06128.jpgこれはユキが撮ったもの。
かわいいね。

牛さんは
何を思って
生きているの?

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大きくなったね、ユキ。
そして、ユキのひとこと。「おじいちゃん笑ってる。
いつも写真撮る時、笑ってないのに、
今日は笑ってる。」


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幸せな「天国アニマル」の動物たちは心の緊張を緩めてくれ、時間がゆっくりゆっくり流れている癒しのひと時だった。

いよいよ明日は初出。心の座を新しくされて、2017年は昨年よりもより良く歩むことができますように。
『メメントドミニ』をお読みくださっているお一人おひとりにも、神さまが正しい方向にお導きくださいますようにお祈りします。
さあ、新しい船出をしましょう!

posted by 優子 at 21:18| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

私たちが教会を離れている理由

私は常に「忍耐している時は愛はない」、「愛において真理を語れ」ということを一つの指針にしているが、私たちがなぜ教会を離れて家で礼拝を守っているのか、それを語る備えがなされ、もはやそのことを語らずに進むことはできないので述懐したい。

無牧(牧師不在)だった教会に昨春のイースター礼拝より牧師が招聘された。招聘決定に先立って、2015年12月27日の最終礼拝でその牧師をお招きして説教を聴く機会を設けた。

ところが、それは驚くべきものだった。
「神は間違いを犯す、イエス・キリストも間違う」と、耳を疑うべきことを何度も繰り返されたのだ。このような話は世界広しと言えどもキリスト教会において、時代を超えて前代未聞の内容であろう。

この教会に私たち家族と全く同じ見解の信徒が一人おられたことは救いである。その方は役員会に陪席して異議を述べ、「信徒説教で支えていきたい」と共に労する姿勢も表明されたが、代務の牧師や役員たちの魂には届かず招聘することに決まった。反対した役員は私一人だけだった。

総会でも私たちは共に会衆に訴えた。その時、役員の一人が「教会存続のために役員は(教会に残る)責任がある」と私を批判された。それは私も最終的に悩んだことだった。

しかし、そもそも信仰対象である神概念を全く異にする教会で、私が責務を続けるという行為の意味は何か。せめてあと2人でも反対する人がいれば状況は大きく変わり、その中で労することは大きな意味がある。

しかしながら、この状況下で残るというのは異教の神に仕えることであり、私自身のためにバウンダリーズ(境界線)を引くべきが賢明。

また、孫の人格形成への悪影響は是非とも避けねばならない。もしも私の選択が間違っていたとしても、神さまからその裁きをも受ける覚悟で決断した。


こういうわけで2015年末より2016年2月上旬まで、神の導きを乞うために祈りつつ思いめぐらした末に導き出された答えは、総会でも合意されたならば教会を離れるということだった。

敬愛する信仰の先輩の意見を聴き、また、自らの判断に至った段階で2名の牧師にも相談した。共に全く同じ見解を示された。

総会でも審議したが反対者は私たち4名だけで、大多数の賛成を得て牧師招聘が決まった。

この人たちはいったい何を信じ、どんな神に祈っているのだろうか。昨春、教会のために祈っている時、涙なくして祈ることができなかった。神さまの御心を痛めていることが私の痛みである。

あの教会は賀川豊彦の献金により建てられた教会である。神さまは教会を正してくださると信じる。私は神に期待して、神の介入により教会が正されることを信じている。

私たちが教会を離れたわけを語ることを急がなかったのは、キリストを遠ざけることになるのではないかと懸念したからだ。

しかし例えば、警察官が犯罪を犯したからといって警察は不要だということにはならないのと同様に、驚くべきことを言う牧師がいるからといって「だから教会は、キリスト教は・・」ということにはならない。

問題はそういうことではない。ここに人間の本質を見るのであり、いかに主体的で自立した生き方が大切であるかということだ。そして、自らの限界を知って生きることの大切さをも思い知るのである。

その受け止めがあって初めて、神の御心と自分自身の意志を見分けることができるのではないか。自己洞察できる人ならば深く読み込んでくださると思う。

この教会は病んでいる。自浄作用もできない状態だ。人間はかくも間違いをおかしやすい存在なのだ。

このことを書くかどうか悩みぬいた末の最終段階で、イエス・キリストならばどうされるだろうかと思い巡らし、福音書に残されているイエスさまが言われたことに集中して記述する判断に至った。
 
私は教会に失望したが、神に失望することのない確かな信仰が養われていたことを感謝している。現況の教会には望みをもってはいないが、神がどのようになさるのか祈りつつ待っている。その思いは最初から変わらない。


つまり神が教会を正しく再建されるために、私たちを召し出されるならば喜んで戻ろうと思う。必ず神の時が備えられていると信じて「家の教会」を起ち上げた。

クリスチャンにとってクリスチャンの交わりは大切だ。私たちが偏狭で間違った信仰に陥らないように、神はずっと以前より、また新たに祈りの友を与えてくださり、祈り合い、交わりを与えられていることを感謝している。

無牧の時に代務してくださった牧師の一人にも相談したが、最後に言われたことは、「意見の食い違いや宗教観の違いがありますが、要は神さま、要はキリストであり、その基本のところを踏まえて教会形成していただきたいと思います」。

しかし、問題はそれにさえ先立って、「神の概念」が違っているのでどうしようもない。そのことをこそ相談したではないか!

こんな最悪なことの中にも神は良いことをしてくださる方である。このことを通して私たちと同じ価値判断で教会を離れた方と個人的出会いへと導かれた。

クリスチャン同志の交わりのために、そして、学びと霊的必要のために始まったのが「ブルンナー読書会」である。その方を学びのリーダーとして回を重ねている。

私がブログを書いている時は、全能の神さまの御前で神さまと二人っきりの交わりの時であるので、デボーションに準ずる時間である。

常に神さまにアカウンタビリティを取りながら書いている。「アカウンタビリティ」とは会計や経済学から出た用語ではなく聖書の言葉だ。

即ち、かつて日本銀行総裁を務めていた速水 優が語っていたように、「他人がなんと言おうと、自分のしていることを神さまに申し開きができる」と思うことを書いており、神の前で説明責任とれるとの思いを与えられて「我が心の旅路」としてここに記すことにした。


これを書き終えるにあたり、私は今、イエスさまのみことばが脳裏に浮かんだ。

「この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間のいましめを教えとして教え、無意味にわたしを拝んでいる」。
       (マタイによる福音書 15章8・9節)

なお「バウンダリーズ」とは、自分の責任と他人の責任の領域の境界線のことである。


posted by 優子 at 23:10| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

家の教会2017@ −「今は恵みの時、救いの日」−

2017年1月1日(日) (2017第1回 家の教会)
11時〜11時40分
出席者 4名
元旦礼拝.jpg
@ 前奏   知子
A 主の祈り  一同
B 讃美歌   414番
「あらたまの年たちかえり」
C 子ども讃美歌  82番「おおしくあれ」(写真)
D 聖書輪読  コリント人への第2の手紙 
                6章1節〜10節
E お話    優子 
F お祈り   一人ずつ
G 讃美歌   448番「み恵みを身に受くれば」
H 後奏    黙祷をもって終わる

コリント人への第2の手紙 6章1節〜10節:
6:1わたしたちはまた、神と共に働く者として、あなたがたに勧める。神の恵みをいたずらに受けてはならない。
6:2神はこう言われる、
「わたしは、恵みの時にあなたの願いを聞きいれ、
救いの日にあなたを助けた」。
見よ、今は恵みの時、見よ、今は救いの日である。
6:3この務めがそしりを招かないために、わたしたちはどんな事にも、人につまずきを与えないようにし、
6:4かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、
6:5むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、
6:6真実と知識と寛容と、慈愛と聖霊と偽りのない愛と、
6:7真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、
6:8ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。わたしたちは、人を惑わしているようであるが、しかも真実であり、
6:9人に知られていないようであるが、認められ、死にかかっているようであるが、見よ、生きており、懲らしめられているようであるが、殺されず、
6:10悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物を持っている。

お話:
「神の恵み」とはどういう意味でしょうか。「恵みの時」は 原語で「神の御旨にかなって受納せれられる時」という意味です。
即ち、イエスさまの十字架の贖罪により神さまと和解した関係になったということであり、イエス・キリストが再臨される迄の間は、神さまが私たちの祈りをお聴きくださって助けてくださる期間であるということです。

その後は、これまでに生まれて死んでいった全ての人が神の審判の座に立たされるのです。「今は恵みの時、見よ、今は救いの日である」とは、クリスチャンだけにではなく今生きている全ての人に告げられているのです。

世の終わりが百年後か千年後かは誰にもわかりませんが、そのことよりもまず、私たちが明日交通事故に遭って、あるいは地震や津波に襲われて死んでしまうかわかりません。だから今こそが誰にとっても「恵みの時」であり「救いの時」なのです。

私はよくこんな光景を想像します。ノアの箱舟の扉が閉まる直前に駆け込んだ人や、「出エジプト」で言えば、モーセが神の力を受けて紅海を割った海が元に戻るギリギリに渡り切った最後のヘブライ人の光景です。

そんな「滑り込みセーフ!」も幸いですが、今こそ自分の問題として考える時なのです。


コリントの偽信徒の中にはパウロを謗(そし)る者がいましたが、キリスト者はパウロの如く、自分に悪意を向ける人や反対者に対しても迫害や仕打ちをしない、いじわるをしないのです。

それどころか自分に敵対する人に「寛容のみならず進んで親切を尽せ」と、その愛がキリスト者の発露であるとパウロは言うのです。しかし、「進んで親切にせよ」というのは難しい時がありますね。

一方では、豊かに聖霊をいただいて(主に在って)神・キリストの義によりて悪魔の悪だくみを破り、律法による義をも破るのです。まさにこのことは知子が最近何度も経験していることです。

私たちが「主よ、信じます」、「主よ、感謝します」と言えるのは自分の意思だけによるのではなく、主の恵みの中にあるからです。 ですから恵みの中で生かされていることをしっかり心にとめて、新しい年はますます大らかに力強く生きていきましょう! 主イエスと共に!

私たちが教会を離れて家で礼拝を捧げていることについては、ページを改めて綴ります。

posted by 優子 at 11:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

新たな2017年は新たな力で始まる

主の2017年、明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2017年賀状.jpgこれは2017年の知子の年賀状です。この写真は2016年12月1日に記録した時に撮った写真です。

私は年賀状さえ用意できず、今年は長女の年賀状に名前を書いてお届けさせていただきましたが、ご無礼をおゆるしください。
お年賀状をありがとうございました。
「いつもブログ拝見しています」。「ブログから祝福が溢れていますね。」と、嬉しいお言葉をいただきました。

また、「公私共のご活躍、いつも敬服いたしております。」とは、1990年頃に学んでいたカウンセリング(臨床心理学)の講義を、いつも最前席で並んで座っていた敬愛する女医さんからのお励ましです。
「とんでもない」と恐縮しつつも、ブログをお読みくださっているのではと感謝しました。ありがとうございます。

また、「知子ちゃんも真智子ちゃんもピアノを続けて下さって嬉しく思います。」と、娘たちにピアノを教えてくださった先生の嬉しいお言葉。真智子も幸せをかみしめることでしょう。

友や知人の近況を読ませていただくのは嬉しく励まされます。心と心が通い合うことほど嬉しいことはありません。それは心が弱った時の気つけ薬になり、立ち上がろうとする私を励ましてくれるからです。


今年は元旦と聖日が重なり、元旦礼拝をしない教会においても元旦に聖日礼拝を捧げています。
私たちも食前の祈りを捧げておせち料理とお雑煮をいただいたあと、新年初めての家庭礼拝を捧げて、そのあと正午からワシントンとスカイプをつないで次女夫婦共に全家族が相見(あいまみ)えて分かち合いの時を持ちました。

1時間半は豊かに祝されて、まもなく新年を迎える次女夫婦に「よいお年を」と言って切りました。


元旦@.jpgユキは小鳥に夢中。
礼拝後に今日のみかんを置きに行き、スカイプのあと何度も裏庭へ行き来していました。



これは今日のメジロたちです。
本当に美しくかわいいですね。

元旦C.jpg

元旦B.jpg

カール・ヒルティは『眠られぬ夜のために』(第一部)の「1月1日」に次のように書いています。

「もしあなたが人生の幸福を心から望むならば、キリスト教を神学や教会主義と取り替えてはならない。むしろ、あなたは自分でキリスト教をその源において、すなわち、福音書のうちに、とりわけキリスト自らの言葉の中に求めなさい」。

次の記事で今朝の礼拝(家の教会)を刻みますが、私たちが昨春から家で礼拝を捧げるようになった理由に触れたいと思います。クリスマスの前から思い始めていることですが、今一度祈って神さまの御心を思いめぐらせます。

ああ、それにしましても脳の働きが悪くて怖いです。
おせち料理は年々簡素になり4段重箱が3段になりました。作る段階になって「高野豆腐買うの忘れた!」という始末でした。トラ豆もそうです。我が家の定番品目ではないとはいえ、「松かさいか」に至っては冷凍庫で眠ったままで今思い出したほどでした。これを機に今後は徹底的に好物だけに絞ることにします。

posted by 優子 at 17:21| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

渡辺和子さん召天

今朝目が覚めた時、渡辺和子さんの召天を報じていた。一度もお目にかかったことのない方であるが、書物を通して大きな影響を受けた方であるので、「とうとう逝かれたか・・・よく生た人だった」と、しばらく黙想していた。

渡辺和子さんの本は10冊以上買ったと思う。もう20年ほど前のことだと思うが、お手紙を差し上げた時に、あの多忙な方からお返事が届いたのには驚いた。

大切に私の終わりの日まで取っておけばよかったが、残念なことに数年前に落手した手紙を著名な人からのお手紙も廃棄してしまった。

例えば、大学時代に新選組に夢中になっていた時、医師であり沖田総司研究家・歴史作家の森 満喜子さんとの多数の手紙、大学卒業時に板坂 元氏(ハーバード大学で日本文学を講じておられた時)の『ウィトゲンシュタイン 天才哲学者の思い出』を読んで5〜6回交信した手紙や、永井隆さんの次女・筒井茅乃さんから知子にいただいた返信など・・・他にもあったかもしれない。

渡辺和子さんは渡辺 錠太郎(教育総監・陸軍大将)の次女で、父を2.26事件で亡くしている。目の前で。そのような過酷な経験をした渡辺さんは、人間は神のように赦すことができるだろうか。本当に赦すことができるのは神さまだけだと思うと、正直に自己の内面を吐露するキリスト者であったので惹かれた。

IMG_1640.jpgかつてキリスト教雑誌『百万人の福音』のコラムに、渡辺和子さんについて書いた拙文を掲載していただいたことがある。
それから30年経ったことを思うと万感の思いがする。私に影響を与えた忘れられない一人である。


渡辺和子さん召天@.jpg
渡辺和子さん召天A.jpg

2016年もあと5分、新年なもう一度若い頃のように情熱を奮い立たせて、「よく生きた」と思える日々を重ねていきたい。

過ぐる2016年に感謝して、意欲にあふれて2017年を迎えます。共に良き日々を重ねてまいりましょう!
お一人おひとりに神さまのお導きと祝福をお祈りし、どうぞよろしくお願い申し上げます。



posted by 優子 at 23:52| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

ユキのバード・ウオッチング

ユキは鳥の写真を撮っては図鑑を見て鳥の名前を捜す。それはそれは熱心だ。授業中も外界が気になるようで、「今日はこんな鳥がいたよ」と、よく鳥の話をしている。

ユキのおかげで身近にいろんな鳥がいることを教えてくれ私の視野も開かれる。今日はユキのバード・ウオッチング。撮影者は全て幸悠だ。

IMG_1568.jpg12月29日、メジロを見つけたユキは、さっそくみかんを自分で置いてあげたね。




もず.jpg
これはホオジロ。






只今読書中!.jpgこの日の午前中は真剣に読書もしたね。
この時読んでいた本は、ユキのママや真智も小学校3年生の時に読んだ『かぎりなくやさしい花々』です。

暖房している部屋でもフードを被るのがユキ風リラクセーション・スタイルです。

次は、昨日12月30日におじいちゃんと散歩中に出会った小鳥たち。

じょうびたき.jpgこれは、じょうびたき。
遠くなのでこんな風にしか撮れなくて残念。

じょうびたき@.jpg

IMG_1587.jpg
これはヒヨドリ。

シジュウカラ.jpgハクセキレイ。





ほしはじろ.jpgほしはじろ。




IMG_1603.jpg
真冬にムスクリが咲いているなんて驚き!


小鳥ウオッチング@.jpg今日も来たメジロ、ゆっくりおあがり。
可愛くて美しいね。





そのあとまもなくしてシロハラが来たよ!
ガラス越しに部屋の中から撮った。
ツグミ.jpg 

ツグミA.jpgユキによれば、シロハラが一番警戒心が強いそうだ。
少し前に新しいみかんを置いたところなのに、ヒヨドリがたくさん食べて、シロハラも大食いだから無くなってしまいそう。

また来たよ.jpg

そしてまた、メジロがやってきた。

IMG_1629.jpg

メジロはいつも仲良く2羽一緒。
このあとツグミがみかんを持ち去った。
2羽きたよ.jpg


ここもチャッピー歩いた道.jpg満開のサザンカ。
この道も一緒に歩いたね、チャッピー。

チャッピー.jpg
チャッピーが居なくなって1年1か月、今も急に悲しみが突きあげてくる時がある。

2016年最後の日の入り
2016没す.jpg

今、ユキも一緒に「紅白歌合戦」を観ている。
我が家はpeaceである。

posted by 優子 at 22:26| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

ハレルヤコーラスで2016年を閉じる

IMG_1518.jpg「 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します」。
   (ヨハネの第一の手紙 
            4章18節)

このみ言葉が今の知子の思いであろう。
ようやく昨日仕事納めを迎え、例年ならば父子ともに13時頃に帰宅していたところ、今年は夫だけの帰宅だった。知子は最後の日もまた一人だけ残って会社の鍵を閉めた。
年末も夜勤警備についてくださっている守衛の方に鍵を渡して、その方々に神の祝福を祈りつつ20時過ぎに帰宅した。

2016年もまた年ごとに試練が強くなっているような波乱の1年であったが、一つの収穫の時に入っている。神さまが知子の霊肉を強めてここまでお導きくださったこと、目に見えるところにおいても勝利させてくださった感謝な年であった。

しかしながら特に12月に入ってからは、退社する社員から引継ぎを受けている新入社員とのことでも目を放すことができない状況だったため、土・日も返上して執念をもって仕事をやり遂げた。特に12月は連日まともに夕食を摂っていないので週末はいつも体重が減っていた。

12月に入ってからの帰宅は夜遅く、「ユキちゃん、また今日もママと会えなかったね」と言うと、「夜中に会ってるよ!」とユキは明るい声で答えてくれていたが、寝ぼけ眼で母親を感じる程度の日々が続いた。

それゆえに今朝からのユキの嬉しそうなこと!
ユキもさみしさを我慢していたことがよくわかった。そして知子は今朝しみじみとユキに言った。
「ユキ、大きくなったね」。

先週の3連休も一緒にいたのだが、知子には時間の感覚さえない多忙さだった。それでもまた今この時も仕事をしているので過去のことにもなっていないが、私も一生懸命の日々だったため明日が大みそかの実感さえない。

2016年を閉じるにあたり、誠実を尽くして職務を果たされた方々を神さまが豊かに祝してくださるように祈ります。
そうでない方々は、どうか人生をむなしいものにしないでほしい。命には限りがあり、命が与えられているというのは実にすばらしく、しかも勤労できるのはこの上ない感謝な時でもあるのだから。

以上、ヘンデルの「ハレルヤコーラス」を聞きながら書いた。体力と時間があれば今の境地を書いておきたいが叶わず、いずれにしても「ハレルヤコーラス」に私の思いは尽きる。

神の働きかけが常にあり、それを見逃さなかった知子。その背後で祈りと導きで支えてくださった方々がいた。苦労は尽きなくても、それゆえに手ごたえのある人生を生きる。

来たる2017年も神の導きと祝福を祈り、そして、どの人にも神の導きがありますように!

posted by 優子 at 23:59| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

「真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―」 真珠湾攻撃の総指揮官・淵田美津雄の証し

ホノルル時間27日午前(日本時間28日未明)、開戦後の75年目にして初めて日米両首脳が真珠湾に立った。日本攻撃を受けて沈没した「戦艦アリゾナ」上の追悼施設「アリゾナ記念館」で献花、黙祷し、その対岸の埠頭で並んで演説した。

真珠湾総指揮官.jpg安倍首相の真珠湾訪問のニュースが報じられた時、真珠湾の空中攻撃隊の総指揮官だった淵田美津雄さんの顔が脳裏に浮かんだ。

後年、淵田氏は、「無知は無理解を生み、無理解はやがて憎悪を生む。そして憎悪こそは人類相剋の悲劇を生む。戦争がそれである」と述懐している。

淵田氏は18歳で江田島の海軍兵学校に入り、以後、航空戦士として祖国への忠誠に一切の戦争努力に傾倒した。
以下は、『真珠湾からゴルゴタへ −わたしはこうしてキリスト者になった―』よりの要約引用である。

海軍兵学校に入ったとたんに、お前の将来の敵はアメリカだと教えられた。以来17年、一剣をみがいたのは、この敵とまみえるため。

この一戦に、だまし討ちだの侵略戦争だなどとの後ろめたさは、みじんももっておらず、「奇襲開始!」(トラ・トラ・トラ)と報じた心はさっそうとしていた。

しかし、惨劇の4年後、日本の敗退に終わった。心は憎しみが残り仇討ちに備えようとした。郷里奈良県の寒村に帰農するが、まことに茨の道であった。住むべき小屋も井戸も全て自分の手で作るのみならず、職業軍人は軍閥の犬として日本人に白眼視された。

「この時ほど、わたしは人の頼み難き心を痛切に知ったことはありません。世の友はすべてわたしを去りました。頼むべきは自力だけだとわたしは思いました」。


しかし、土に親しむうちに自然界のものや天然の現象を通じて、生命や宇宙の神秘と共に、これらを創造された神の存在を深く思うようになった。

「頼むべきは自力だけだなどと考えた自分の不遜さに気がついたのであります。わたしは感謝と讃美をもって、天を仰いで祈ることがしばしばありました。神への思慕を知り始めたことは、光明でありました。

年すでに47歳でしたが、この47年間に、わたしはかつて一度もイエス・キリストの名を聞いたことがありませんでした。

したがって今や思慕する神様を父と呼ぶことのできる道が、イエス・キリストを信ずるにあることを知らなかったのです」。


しかし、理念では憎悪に終止符を打つことはわかっていても感情は別だった。

ある時、アメリカに捕らわれていた日本軍捕虜が送還されてきた。その捕虜たちにアメリカ軍の扱いぶりを聞きただした。

20歳前後の娘さんが親切の限りを尽くしてくれたエピソード。捕虜は娘さんに「どうしてそんなに親切にしてくれるのですか」と聞いたという。

すると、彼女の両親は宣教師でフィリピンに居た時に、スパイと間違えられて日本軍隊によって殺されたからだという。
日本人の培われてきた道徳とは正反対、親の仇は草の根分けても討つのが孝子節婦のありかたとされてきた。

娘さんの両親は「どうしても斬るならば仕方がない。せめて死ぬ支度をしたいから30分の猶予をください」と言い、その30分間に聖書を読み、神に祈って斬の座についたという。

娘さんにそのことが伝えられた時、両親が殺される前の祈りを想ったという。すると娘さんの気持ちは、憎悪から人類愛へと転向したというのだ。これを聞いた淵田氏はまだよくわかっていなかった。

その後、日本人の捕虜だったアメリカ人(ディ・シェーザー軍曹)が道行く人にリーフレットを配っていたのを手にした。それはキリストを信じるようになった手記、証しだった。

「獄中で虐待されている時に、なぜ人間同士がこうも憎み合わねばならぬのかと考え、人類相互のこうした憎悪を、真の兄弟愛に変えさせるキリストの教えというものについて、かって聞いたことに心が動き、聖書を調べてみようという不思議な欲求にとらわれたのでありました」。

淵田氏はこの言葉に心を捕らえられた。聖書の存在を知り、さっそく聖書を買い求めて、あちこち探り読みしていた時に、ルカによる福音書23章34節の言葉に出会った。

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。

その時に淵田氏は、あのアメリカの娘さんの話が頭にひらめいたのだった。
これは十字架につけられたイエス・キリストが、イエスを殺そうとしている者たちのために天の父(神さま)にささげた執り成しの祈りである。

そして、「にくむとも 憎み返すな憎まれて にくみ憎まれ 果てしなければ」という、新渡戸稲造の歌を思い出した。

シェーザー軍曹は、獄中で虐待する日本人にこそキリストを伝えねばならないと宣教師になって日本へやってきたのである。

淵田氏の頬に大粒の涙が伝った。そして即座にしてキリストに向き直り、イエス・キリストを我が救い主として受け入れたのである。

「神様は、わたしがイエス・キリストに背を向けていた時から、ずっと限りない恩寵を注いで、絶えず導いてくださったのです。そしてわたしは今こそ、神様がわたしに何をなせと命じていなさるのか、はっきりわかりました」。

「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った。見よ、すべてが新しくなったのである」。

「戦争と共に、日本は人類の悲劇である戦争放棄を世界にさきがけて宣言して、灰じんの中から再建へとスタートしました。

戦争放棄の理念を裏返してみれば、そこには日本が全人類への憎悪の終止符をうったことを意味するのでなければならないと、わたしは思います。

わたしは同胞の皆様に訴え叫びます。
祖国日本の救われんためにわれら何をなすべきか?
汝、イエス・キリストを信ぜよ!」
 
ワイツゼッカー大統領の敗戦40周年記念の演説「荒野の40年」こそは、まことに神の前における悔い改めであった。政治家であっても、その人物の価値観、生き方によりこのようなメッセージが可能なのである。

オバマ大統領の広島訪問は謝罪ではない、安倍首相が真珠湾に行くのは謝罪ではないと、未だ第一のことを第一とせずに外交的なことにばかりに捕らわれている。

ワイツゼッカーはその演説で旧約聖書を引用して語っている。

「イスラエルの民は約束の地に入るまで、40年間荒れ野に留まっていなくてはなりませんでした(申命記・民数記)。

しかし、ほかのところ(士師記)では、かつて身に受けた助け、救いは往々にして40年の間しか心に刻んでおけなかった、と記されております。

心に刻んでおくことがなくなったとき、太平は終わりを告げたのです」。


これまで70年間も平和を維持した国はなかったという。
戦争になれば人間は狂気になり、今もおぞましい殺戮が、この時も休みなく起こっているというのに、日本は踏み越えてはならない一線を越えてしまった。

2016年を閉じるにあたり我が国のことや世界情勢を考えると、今ほど新たなる年に入って行く恐れを感じたことはない。

このたびの真珠湾での記念式典が、単なる和解のセレモニーにならないように真剣に祈り続けねばならない。

posted by 優子 at 13:13| 神(聖書) | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

知子の「出エジプト」に神の栄光あれ! 

image.jpgクリスチャン経営者の集い「インターナショナルVIP関西オーナーズ」の会長を務める、株式会社ミクニキカイ代表取締役会長の坂本旭(あきら)氏。

鉄砲職人だった父の務める個人経営の町工場に入所。9年後の会社創設から60年がたとうとする今日まで、「聖書の御言葉」を第一に歩んできたクリスチャン経営者だ。

クリスチャンの実業家として、どのような時も「天のお父様」を信頼し、事業に取り組んできた。膜分離技術応用の製品開発の一部は国内水道シェア1位を占める同社の創業者だ。

「人間は、軸が不確かだと、会社の経営はできない。
それは恐ろしくて・・・年末になると来年の仕事なんて見えない。現在は弟が社長ですが、会社は毎月3千万円の純利益を出さないといけない。ところが、神様は60年以上与えてくださっています。社長である弟は偉いなと思う。

・・・それほど、会社の経営は厳しいものなのだ。中小企業が倒産するということは、大手とは話が違うのです。家も全部取られてしまう。一生縛られ、もがくわけです。だからこそ、神様を信じなければ生きられません」。


坂本旭(あきら)氏は1936(昭和11)年に生まれ。今年80歳を迎えた坂本氏は、年齢を感じさせない力強さと明るい性格の持ち主だ。生まれも育ちも大阪という、いわゆる生粋の関西人。そのユーモアで聞く人を魅了する。

VIP関西のメンバーの間で坂本氏は、「祝福の人」として親しまれている。祈りの力、信仰一筋の人生が多くの人に「天のお父様の愛」を証ししているのだ。

1986年、商号を株式会社新三国機械に改称。95年には社名を現在のミクニキカイに変更した。もちろん、「御国」(神の国)を意味する。鉄砲職人だった父親から学んだ経験は、坂本氏の人生に大きな力となっていった。

「どんなに性能が良い銃も、完全に真っ直ぐな物はありません。人間が造る銃はゆがんでいるので、微妙に螺旋(らせん)を入れるのです。弾は螺旋を描きながら目標に向かって飛んで行きます。こうすることで的に当たるのです。

だから「不完全な人間」もイエス様という螺旋が施されることで、的外れではない人生を歩めます。どのような人間でも、イエス様を信じれば天国へ行けるのです」。


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クリスチャン経営者のこだわりとは:

イエス様はどうなさるか。順調なときは誰だってできてしまう。岐路に立たされたときにどうしたらいいのか。最終的には祈るしかない。イエス様は神の子であるわれわれに「祈りなさい」と鞭(むち)を当てているのだ。難しいことは考えないでよい。

取って付けたような事は意味がない。あなたは、本当にイエス様と付き合っていますか? 神学ばかりで頭でっかちになってほしくない。

いろいろな出来事に遭遇しても、接して、なじんで、最後は手で触って解決するロケットの職人の技のように「あなたの感性」を大切にしてほしい。そういう信仰を持って歩んでほしい。

聖書でイエス様の弟子たちを見れば分かる。助け主である御霊(みたま:聖霊)が普遍的におられるではないか。何も怖いことはない。イエス様とのお付き合いは、格好付けても値打ちがないことです。

神様は神学ではなく、体験でお知らせくださるのです。だから、困ったなあという体験も大切なのです。人は追い詰められても、神の子どもという特権があるので放っておけないのですね。
神様は全部を知っておられる。正直に自分を見つめていくことです。


原子力は誤った動機から生まれたもの:

坂本氏は専門分野ではない原子力エネルギーの世界についても語ってくれた。これは信仰の証しと深い関わりがあり、ミクニキカイが先駆けて取り組みたい分野は水素エネルギーの世界である。

坂本氏はこのように話す。「原子爆弾は、第2次世界大戦中にナチス・ドイツが兵器として世界で最初に作り出そうとしたものです。ドイツは戦争に負けたので、核兵器を使うことはありませんでした。一方、米国では、マンハッタン計画が進められたのです。

アイシュタインらにより『ナチスが先に原爆を手にしたら、最新のロケットに搭載し、米本土が攻撃される』と大統領へ書簡を送ったことがきっかけだったのです。ナチスは高性能のV1ロケットを保有し、海を越えてイギリスを攻撃することに成功します。続けて、大気圏外へ飛ぶ『大陸弾道弾ミサイル』の初期型に当たるV2ロケットを生産しました」。

ナチスがV2ロケットに核弾頭を搭載すれば、米国はたちまち脅威にさらされる。この恐怖におびえ、慌てて造られたのが、米国製の原子爆弾だった。ドイツが負けて、不幸にも日本に使用される結果となった。坂本氏は「動機が良くない。罪だ」と説明した。人間が、原子力を戦争に使う兵器に利用したことが問題なのだと主張する。

クリスチャンには「絶望の中に解決できるという潜在意識がある。祈りしかない。」と神を讃美した。

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日本には、世界に誇る職人の技がある。H2ロケットは非常にコストが安く、実用的なロケットではあるが、成功までに時間を要した。失敗して海に落下し、回収された残骸から「なぜ故障をしたのか」を調べるとき、最後に必要なのは頭脳ではなく人間の手の感覚だ。

坂本氏はかねてより、新しいエネルギーに「水素」を強く提唱し続けてきた。最大のメリットは「どこにでもある」という点だ。簡単に言えば、太陽と水さえあればできてしまうからだ。水素エネルギーは水に戻るので、環境汚染も広がらない。

水素がエネルギー化すれば、他国へ取りに行く必要がなくなる。燃えても、また水に戻る。水しか残らない水素が普及すれば、地球の温暖化や環境破壊、異常気象もなくなる。

「日本ならできます! 日本ならできるのです。日本は文化の宝庫です。よそができないことができます。皆は、ここに注目し努力すればよいです」。

日本刀は世界に誇る技術の結晶だ。世界ブランドのドイツ「ゾーリンゲン」(大手・刃物メーカー)も、日本刀を造ることは不可能だ。
日本人の職人、匠の技が、将来の世界を変えることができるのです。「職人の手の感覚、感性」で作り込んでいく世界だ。

以上は、クリスマス・イブの日に公開された『クリスチャン・トゥディ』、「この人に聞く(21)『約束のしるし、会社にかかった大きな虹』ミクニキカイ代表取締役会長・坂本旭氏」より引用させていただいたものである。

この証しは、今、美濃紙業の上に、いや、もっと正確に言えば、信仰をもって神と共にミッションに取り組んでいる知子への大いなる励ましである。共感できること大なりで、私たちも日々神の見えざる手を感じている。

近い将来、時間が割けるようになれば、是非「VIPクラブ」を訪ねてほしいと思っている。

この " VIP " とは " very important person " の頭文字をとったもので、「とても大切な人」という意味であり、その言葉はイザヤ書43章4節、「わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。」に由来する。

posted by 優子 at 16:26| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

クリスマスの朝の光景

先日ユキにラジコンを買った時、真智が赤いラジコンで遊んでいた姿を思い出していた。しかし、ラジコンを買ってあげた記憶がなく誰からもらったのか思い出せずにいたら、真智のメールでわかった。

「私も小さい時ラジコンが大好きでした。おじいちゃんとおばあちゃんが、赤いスポーツカーのラジコンをプレゼントしてくれたことを何度も思い出します」。

ユキが真智と太志君からもらった贈り物。

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IMG_1524.jpgユキへの愛が刻まれたクリスマスカードと、この「ジンジャーブレッドマン・クッキー」とチョコレートが入っていた。





そして、サンタクロースさんから届いたプレゼントは、いつも置いてくれている出窓には何もなくて、お手紙が置いてあった。
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ママに読んでもらってから、私にも見せに来た。
「外にあるって! 見に行こう!」と階段を駆け下りた。

「こんなに大きいよ! 」

ユキはドアを開けた瞬間、立ちすくんで何度も言った。

「ええ? それはないやろ」
「でかすぎる! それはないやろ」


大きな箱は、ユキの力ではビクともしないほど重かった。

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私は寒いのですぐにベッドへ戻った。

サンタさんよりA.jpg

サンタさんよりB.jpg

Cサンタさんより.jpg

折りたたみの自転車だった!!!

サンタさん、ありがとう!

組み立てているうちにすっかり夜が明け、
これがユキ9歳のクリスマス朝の光景だった。


私はこの自転車で大阪の中心部を走ってみたい!

ところで、娘たちが小さかった1985年のこと、フィンランドのサンタクロース村のサンタさんから手紙が来た。ご覧の所から。(^−^)

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サンタさんのお話はとても楽しいので一部お分かちしたい。

IMG_1528.jpgわしのトナカイたちは まほうの トナカイでな ジェット機や ロケットよりも はやく はしれるんじゃ。

クリスマス・イブの 夜空で ながれ星に 見えるのは じつは わしたち なんじゃよ。

きみたちへの プレゼントを ひとつずつ たしかめて ふくろに つめるしごとが これまた たいへんなんじゃが、かぞえきれないほど たくさんある プレゼントも わしの ふくろにいれたら かんたんに おさまるんじゃ。

この クリスマス・イブの 夜だけは わしのしごとが おわるまで おひさまも 夜があけるのを まっていてくれてな。

そして さいごの ひとりに プレゼントを くばったら あさがくるんじゃ。

「この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、何から何まで、人の頭の中で作り出し、想像したものだなどと言うことは、決してないのです。

サンタクロースがいない、ですって?

とんでもない!

サンタクロースが信じられないということは、神さまが信じられないのと同じです」。


私はそう思います。
21世紀のIT時代に生まれてきた子どもたちには尚のこと、精神の重要性を子どもの中に育てていってやらねばならないのです。

そして、まことの神を求める人に、神と共に歩む生涯を築き上げてほしいと願わずにはいられません。

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posted by 優子 at 07:46| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

クリスマスにワシントンと日本に届いた愛の贈り物

IMG_1515.jpgクリスマスの11時過ぎ、次女夫婦からクリスマスカードとユキへのプレゼントが届いた。
真智に連絡すべくパソコンを開けると、何と私が贈った荷物も既についたという感謝メールが11時前に着信していた!!!

あちらのクリスマスイブの夜8時頃に届いたのだろう。

IMG_1522.jpg私が手配したのは12月21日のお昼前だったから、たった4日間しか経っていない。EMS(国際スピード郵便)とはいえ速すぎる。知子と私はクリスマスの祝福だと喜んだ。私はすぐに二人からのクリスマスカードを知子と夫に声を出して読んだ。

「最近私は、人生を通じて、真に個人として神様への信仰を選ぶか、問われているように感じます。

この世で起こることは本当に何でもありで、人の感じ方も様々で、何がなんだか分からなくなります。でも最近、こう思いました。

私たち一人ひとりが混沌の中に置かれるのは、それぞれが徹底的に個人に戻され、周囲や状況を見てではなく、仲間がいるからではなく、私個人の意思として神様を呼び求めるかを問われるためなのかと思いました」。
 (真智子)

「この一年は特に、世の中の価値観を捨てて、主の価値観を選んでいこうと、日々思い過ごしてきました。

試練は絶えず来るものですが、これからも真智と共に祈りつつ歩んでいこうと思っています」。
 (太志)

本当は全言をここに刻ませてほしいけれど、教えられ励まされたところだけでも書かせてもらった。次に感謝メールからも刻ませてもらおう。神の恵みの中で生かされている者の祝福が、私の中に飛び込んできて力づけてくれる。

IMG_1547.jpgママ、

今日の夕方、ママからの贈り物が届きました!
届くのが早くてビックリしたよ!!


そして、開けてみてまたビックリ!!
裏起毛ふわっとスパッツ!!!!!!!!!
ちょうどほしかったものを、
思いもかけずママが送ってくれるなんて。
本当に嬉しい。ありがとう!!

IMG_1551.jpg心からのメッセージ、
そして、大切な宝物のカードを、
本当にありがとう。
心も体もしんどい時に書いてくれたことを思い出して
また感謝しました。

優しい絵の中の、この黒い迷える子羊は私だ、そして
そんな私にもイエス様は来てくださったんだ、と
心が温まりました。

このカードを手に取っていた若い頃のママのことも、
愛おしく感じました。
主が共にいてくださる、インマヌエル、信じます。
いつもお祈りしていてくれてありがとう。

手帳、み言葉カレンダー、美濃紙業のカレンダー。
私達の生活にとって、とても温かい存在です。

2017年の真っ白の手帳を見て、
去年2016年の手帳を手にしてから
もう一年も経ったのかと思いました。

主が共にいてくださるから、
今年も一日一日
主の導きに信頼して歩んでいきたいです。

フキの佃煮! しいたけにゴマにワカメに昆布!!
帰国した時の風景が思い出されて懐かしく、
寂しいです。大好きなものばかり、本当にありがとう。
嬉しく、大切にいただきます。

私たちの郵送物はまだ関空にいるような感じです (>_<)。
無事についたらいいな、と思います。

今日はユキちゃんにサンタさんが来たかな?
良いクリスマスを過ごしてください。

本当に、主が4人を力強く守り、癒し、
祝福してくださいますように、心からお祈りしています。
本当にありがとう!

真智子

勿論、太志君からも感謝メールをいただいている。

いつもならばもっともっと早くからいろいろ贈るものを用意していたのに、今年はスパッツしかできなかった。しかも入れ忘れがあり、郵便局から帰宅して2つの品を見つけた時は情けなく残念でならなかった。

クリスマスカード.jpgこのクリスマスカードは、たぶん中学1年生の時に購入したものだ。

同志社女子中・高では、毎年12月になると宗教部員がクリスマスカードを販売する。

これはその中の1枚で、特にこの絵に魅かれるのは信仰者の祈りを感じるからだと思う。大切に2枚取っていた。もう50年以上も前から持っている古いカード。

IMG_1517.jpg「真智、もう一枚はね、これ! 
かわいいでしょ!

羊のカードよりも小さいサイズです。

このカードは書き損じているから使えないけれど、これも13歳の時からの宝物です」。




anima_boy1.gif2016年のクリスマスは、私たち家族にとって今までで一番意味深いクリスマスだったに違いない。

クリスマスのお昼前にワシントンから愛の包みが届き、私からのも届いていたこと。そして、家族で心からのクリスマス礼拝を捧げたこと。

その上に、夜には思いもかけないクリスマスの奇跡を神さまが見せてくださった。


posted by 優子 at 00:04| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

家の教会㉟ ―クリスマスは「すべての民にあたえられる喜び」−

church01.jpgクリスマス おめでとうございます!
主の御降誕を感謝し、クリスマスの御挨拶を申し上げます。


教会歴では「アドベント」から新しい年が始まります。クリスマス・カードに " Merry Cristmas and a Happy new year." と印字されているのはそのためです。
昨夜も信仰の友より、「祝御聖誕 謹賀新年 2016 クリスマス」と記されたハガキが届きました。

今日はユキがサッカー教室の帰りに自転車の鍵が無いと、コーチご夫妻と息子さんに長い時間捜していただいていたのに見つからず、連絡をいただいて知子と祖父が自転車を引き取りに行きました。その時もなお捜してくださっていたそうです。

それでクリスマス礼拝がますます遅くなりましたが、一同静まって主の御降誕を喜び感謝礼拝を捧げ、午前中に知子と用意したお料理を並べてクリスマス愛餐会を持ちました。

2016年12月25日(日) (第35回 家の教会)
12時45分〜13時30分
出席者 4名
@ 前奏
A 主の祈り
B 讃美歌  98番「天(あめ)には栄え」
C 聖書輪読  ルカによる福音書 2章1節〜20節
D お話    優子
E 分かち合い 一人ずつ
F お祈り   優子
G 讃美歌  111番「神の御子は今宵しも」 
H 後奏   バッハ「人の望みの喜びよ」

ルカによる福音書 2章1節〜20節:
2:1そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
2:2これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
2:3人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
2:4ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
2:6ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
2:7初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。

2:8さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
2:9すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
2:10御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
2:11きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
2:13するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
2:14「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

2:15御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」と、互に語り合った。
2:16そして急いで行って、マリヤとヨセフ、また飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。
2:17彼らに会った上で、この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた。
2:18人々はみな、羊飼たちが話してくれたことを聞いて、不思議に思った。
2:19しかし、マリヤはこれらの事をことごとく心に留めて、思いめぐらしていた。
2:20羊飼たちは、見聞きしたことが何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、またさんびしながら帰って行った。

お話:
クリスマスは「すべての民にあたえられる喜び」です。
今も涙を流し、心身の痛みを抱えて必死で生きている人、不安と苦しみのどん底で生きる意欲を失くしてしまっている人、悪から離れたいと悩んでいる人も、そのような人々こそ深い慰めと喜びを知ることができるのです。

私たちは誰も皆、人生でいつも躓きます。何度も躓きます。しかし、神さまは私たちの祈りを聞いてくださっており、神さまのシナリオは万全です。私たちにとって最も良い時に、最も良い方法で、最も良い結果になるようにしてくださることを固く信じることができます。

ですから例えば悪意に満ちた人に悩まされる日々であっても、ガラテヤ人への手紙6章9節の言葉を口ずさんで励むことができるのです。

「わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」。

「地には平和、御心にかなう人にあれ」
とは、地に住む人々に平安があるように、安きがあるようにと言っているのです。それは戦争や殺戮がないという平和だけを意味しません。キリストに出会うときに心が平安に満たされることを言っているのです。
 
「いと高きところに神に栄光があるように」。
これは、神さまを讃美し(ほめたたえ)、神さまに礼拝を捧げるときに与えられる深い平安です。

信仰者ならば常に思うことでしょう。私の選択や言動は神さまの御心に叶っているだろうかと。
箴言の16章9節にこのような言葉があります。
「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」。          

主イエスを信じる人の心に内住(ないじゅう)される聖霊は、その人の人格に無関係に語られるのではありません。
  

例えば『塩狩峠』に描かれた実在の人物・長野政雄が、暴走する旅客列車の下に身を挺して暴走を食い止めて乗客の命を救ったのは、長野が真の愛の人ゆえに聖霊がそのように働かれたのだと思います。

ですから先日来のパロの心を頑なにされたことについても同様で、傲慢で神を信じないパロゆえに頑なにされたのではないかと思います。

長野政雄のような愛の人はますます愛の人になり、悔い改めない人はますます恵みから遠ざかるのです。
ヘブル書(3章7・8節)の言葉を思い出します。

「だから、聖霊が言っているように、
『きょう、あなたがたがみ声を聞いたなら、
荒野における試錬の日に、
神にそむいた時のように、
あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない』。

「今は恵みの時、今は救いの日です」。

        (コリント人への第2の手紙 6章2節)

クリスマスこそ「今は恵みの時、今は救いの日です」。
クリスマスはすべての民にあたえられる喜びです。

人間が考え出した宗教は、人間が救われるためには必ず難行、苦行という条件がつきます。難行・苦行を成就したところでその人の罪は消え去りません。かえって自負心が加わることでしょう。

まことの神は神さまの方から私たちのところに降りてきてくださったのです。そもそも「救い」の意味が全く違っていますし、私たちは素直な心で「良い知らせ(good news)」を聞いたら、このブログを読んでくださったならば、ただそのままでイエス・キリストを心にお迎えすればいいのです。

ティントレット 羊飼いの礼拝.jpg今日全世界の教会が極東から時差を置いて、ベツレヘムの馬小屋にお生まれになった主イエス・キリストのご降誕を祝って礼拝を捧げます。

クリスマスは救いの業の始まりです。そして十字架につけられて死なれ、復活されて私たちの救いが全うされるのです。

クリスマスはすべての民にあたえられる喜びです。

j_je04.jpg「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである」。     
         
(ルカによる福音書 
       2章11節)



「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。
       (ヨハネによる福音書 3章16節)



附記:これは公立中学校で国語の講師をしていた時に、1年生のクラスに配布したものです。

中学校講師時代に.jpg

子どもたちの教養のためにもクリスマスの意味を知ってほしくて、10分間ほど時間を割いて授業の最初に話しました。大学を卒業した1974年の12月のことでした。

posted by 優子 at 17:36| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

目に見えないものを信じる心の働き −サンタクロースの使命―

@一人でサッカーに.jpg今朝サッカー教室に行くところ。このあと知子はユキが帰宅するまでの2時間半仕事に集中、私も年賀状を仕上げた。
とは言うが、2017年の年賀状は知子の年賀状を使わせてもらった。あまりにも多忙な知子ゆえに、さすがに私の分まで作成してほしいとは言えなかったからだ。

ラジコン.jpgさて昨夕は次女とのスカイプのあとまもなく、家族で家電量販店へユキのクリスマス・プレゼントを買いに行った。

本来ならば内々に用意してクリスマスの朝に手渡してあげたかったが、次々と起こった体調不調、用事、また、考えることが多く心の余裕がなかった。でも、本人が一番欲しいものを選ぶことができた。


クリスマスイブに.jpgそして、知子の息子へのクリスマス・プレゼントは2冊の絵本。絵本とはいえ読みごたえがある深い内容だ。
私は昼食の準備をしながら知子の読み聞かせに耳を傾けていた。子豚が羊からもらった涙の入ったランプを見たときの言葉。

「誰かのために流した涙って、こんなに明るくて美しいのね。暗い自分の涙しか見ていなかった」。

昨日の『クリスチャン・トゥディ』に「サンタクロースなどの世俗のクリスマス文化は危険 リック・ウォレン牧師が警告」という記事が出ていた。正しい警告であると思うだけに、子育ての初めに松岡享子さん(書物)と出会ったことを改めてありがたく思う。

その記事に、医学誌『ランセット精神医学』に掲載された論文の共著者であるキャシー・マッケイ氏の言葉が引用されているが、まさに私に示された道しるべはそのことについてであった。

「サンタ神話は、両親と子どもたちの間のとても込み入ったうそ、またとても長く続くうそであり、両者の関係がもろく傷つきやすいものである場合、これはとどめの一撃になるでしょう。

もし親たちがとてももっともらしく、とても長い間、(サンタクロースが存在するという)うそをつくことができるなら、彼らは他のどんなことについてうそをつけるでしょうか?(どんなことでもうそをつけるでしょう)・・・これらのうその中に、子どもたちが傷つけられる潜在的可能性があるのです」。


このことも然り、的を得たものだ。
しかし、その対極にある松岡享子(きょうこ)さんは次のように書いている。

「幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に、信じるという能力を養う。(略)

心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中に、サンタクロースを収容する空間をつくりあげている。

サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出ていってしまうだろう。だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の中に残る。

この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎え入れることができる。

           (略)

むしろ、見えない者を信じることを恥じ、サンタクロースの話しをするのは、子どもたちをだますことだというふうに考えるおとなが、子どもの心のふしぎの住むべき空間をつぶし、信じる能力を奪っているのではないだろうか」。
 
 

   (松岡享子著 『サンタクロースの部屋』
           −子どもと本をめぐって― より)

現代は私が子育てしていた30年前よりもはるかに子どもを育てにくい状況だ。
子どもにはあまりにも刺激が強すぎ、テレビやラジオのニュースでさえ毎日のように、ではなく、毎日、殺人、切断、遺体遺棄、自殺・・など衝撃すぎるため、孫が居るときは途中で消さねばらぬこともたびたびだ。

ユキの日々を与っている私は、ユキを忙し過ぎさせないようにするのは娘たちのとき同様だが、ユキは1人っ子だけに意識してかまい過ぎないようにと心に留めている。

私は娘たちがサンタクロースが誰であるかを知った時、その時にできた心の空間にまことの神さまを迎え入れることができますようにと願った。

私が最も願っていたことを、知子と真智子の幼いうちに叶えてくださったことはこの上ない感謝と喜びであり、ユキの心にも救い主イエス・キリストが共にいてくださっている。

ani-ninf-aka1.gif斯くして、ユキもまた知子や真智子のように、サンタクロースはイエスさまの使者と受け止めている。


今夜、子どもたちにサンタクロースが来てくれますように。

ribbon1a.gif

「闇に閉ざされたかのような日々であっても、小さな光があなたのために用意されていています。それに従っていくなら、やがて大いなる光に出会います。
今宵、救い主を見つけた博士たちのように、あなたの顔が『この上ない喜び』で輝きますように」。


「すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼な子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ」。

          (マタイによる福音書 2章9・10節)

posted by 優子 at 22:56| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

シリア人医師:「それでも、私たちはまだ希望を失っていません」。

header_logo.gifこのロゴマークをクリックしてください!


img.jpg国境なき医師団は、シリアに関連する活動について完全なる中立性を確保するため、民間の皆さまからの寄付金のみを活動財源としています。

2016年、日本では12月19日までに5000件以上、約6000万円のシリア緊急援助へのご支援をお寄せいただきました。ご協力くださった皆さまに、心より御礼申し上げます。

より多く、一人でも多くの命を救うために、私たちにはもっと多くの資金が必要です。まだまだ足りないのが実情なのです。

シリア国内に取り残された人びと、また周辺諸国の難民キャンプで援助を待つ人びとのために、国境なき医師団だからこそできることがあります。どうぞご協力くださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

現地に残って被害者を治療しようと努めるシリア人医師から、2週間前に届いた報告を、一部引用してご紹介します。

「12月5日には、爆撃で救急車が破壊されました。負傷者を他の病院に移送する必要がある場合、いったいどうすればいいのか……。この診療所は何度も攻撃の被害に遭っています。壁や天井には穴があき、手術は地下階で行っています。

過去2年の間に、診療所長を含む医師2人、清掃員1人、研修責任者1人、看護師3人、合計7人の仲間が命を落としました。  

戦闘機と空爆は恐ろしいものです、亡くなった人を思い、次は自分の番かと考えてしまうのです。私は空爆が静まるまでトイレの通路に隠れていることもあります。

それでも、私たちはまだ希望を失っていません。希望は常にあるものです。残念ながら、この地に明るい兆しはまだ見られません。それでも、今は地域の人びとのために医療の維持が重要です。私たちは今後も最善を尽くしていきます」。


images.jpgこの写真は、亡くなった息子に口づけする父親です。

以下は、『クリスチャン・トゥディ』12月17日に公開された
シリア人ジャーナリストに聞く「国際社会のすべきこと」からの抜粋です。

「神様・・・私たちをこの悪夢から解放してください」

「これが、私の最後のメッセージになるでしょう。これをご覧の皆さん、シリアとともに立ち上がってください」

「私たちは、普通の生活がしたいだけなのです。どうか皆さん、私たちを助けてください」

「政府軍からの攻撃は日に日に激しくなってきています。政府軍の兵士たちは、もう数百メートル先まで来ています」


このような悲痛なメッセージに、日本人ユーザーの間でも同情と祈りの声が上がっている。

シリア地図.png一夜明け、アレッポの街はどうなっているのだろうか。カナダ在住のシリア人ジャーナリスト、モハメッド・マームッドさんに話を聞いた。

現地アレッポに多くの仲間が残されており、マームッドさんもカナダからアレッポの現状を伝え続け、支援を呼び掛けている。

―現在のアレッポの様子は?

29日間に及ぶ集中砲火や爆撃の後、ようやく昨日から、アレッポ東部の地域から一般市民の避難が始まっています。この間、多くの市民がロシア空軍、政府勢力による攻撃で亡くなりました。

アレッポの街には、もうほとんど建物という建物は残っていません。彼らは学校も、銀行も、ベーカリーも、道も、橋も全てを破壊してしまったのです。ロシア、インド、中国などの政府側を支援した国々の企業は、ここに新たなビルを建設する契約をすでに結んでいると聞いています。

―現地から頻繁に情報は入ってくるのですか?

はい。私は、現地の活動家やジャーナリストたち、評議員たちと継続的に連絡をとっています。この中には、私の友人でもあった日本人ジャーナリストの後藤健二氏がドキュメンタリーを作成してくれた「ホワイトヘルメット」のメンバーも含まれています。彼らは、国際社会の沈黙に対して、彼らの怒りや思いをユーチューブなどで公開もしています。

米国とロシアによって、この国はほぼ滅ぼされてしまいました。さらにさまざまな国が加担したことによって、この戦いはより激しくなっていきました。

イランは水面下で政府側を支援し、戦闘員や戦うための道具を送り、経済的な支援も行ってきました。それらのお金によって、国内外の戦闘員を雇うことができたのです。

トルコやサウジアラビアもまた同じような役割を、反政府組織に対して担い、この愚かな戦争に加担してきたのです。


―国際社会は、アレッポ市民に対して、何ができるでしょうか?

東アレッポから避難してきた市民たちは、家を追われ、毎日のように処刑されるのではないか・・・または爆撃や攻撃に再び遭うのではないかといった恐怖にさらされています。

この避難民たちは、10万人ほどいるのではないかと予想されています。彼らは何も持っていません。洋服をかろうじて着ている程度でしょう。シェルター、洋服、食べるもの、移動手段、医者、薬、学校、デイケアセンター、女性のための健康センター・・・数えたらきりがありません。想像してみてください・・・ちょうど日本に原爆が投下された直後の広島の街のようだと思います。

―この戦争を終わらせるために、私たちができることは?

国際社会は、再び彼らの脆弱(ぜいじゃく)さを露呈することになったと思います。この虐殺に対して、完全に無力だったのです。国連の主要機関ですら、このフィールドには踏み込むことさえできませんでした。

世界の皆さんに私は言いたいのです。もう一度、シリアのことをよく考えてみてください。シリア革命は、人々が変化を求め、自由を求め、一人一人が生まれ持った人としての権利を取り戻すために行われました。皆さんの理解を求めます。


bible.png附記:今日11時頃、私たちのために真智から電話あり。すぐにスカイプに切り替えて4時間半も話し合っていた。スカイプを終えた時、ワシントンは深夜1時半になっていた。
最後に一人ひとり祈り合い、そのあとにまた真智が祈ってくれて、最悪のクリスマスが最善のクリスマスへと導かれた。インマヌエル!


posted by 優子 at 21:45| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

「ゆきちゃん、あんなに約束したのにごめんね」

IMG_1461.jpg

これは19日朝、知子がテーブルに置いて行ったユキ宛の手紙だ。19・20日の2日間、知子はユキの寝顔しか見ていない。ユキはそれさえ叶わず母不在の2日間だった。このようなことも珍しくなく、昨夜と今朝もまたそうだった。

なにゆえにそれほど多忙なのかと言えば、来客や会議などの合間を縫いながら日常の業務に加えて年末調整がある。特に今年は書式が変わったという。

19日には年末調整と20日の給与振込を完了させ、昨日、社員に明細配布も終え、11の市町村と税務署への書類一式も準備完了。昨日は決算書類も提出して税理士さんとの面談も終えたという。

私は夜遅く帰宅する知子からその日の出来事の要約を5〜6分ほど聞くだけで、僅かな睡眠時間をこれ以上取らないように話もそこそこに退散する。

今夜も遅くなるようだ。夜になると雷雨の予報なので、自動車は知子に譲って夫には電車で帰宅してほしいと頼んだ。休み前でも駅まで迎えに行ってやろうとしないからだが、夫自身が決めればよい。
(20時38分追記:夫は電車で7時15分頃帰宅した。)

明日からの3連休、今週は休日ぐらいは仕事をしないでゆっくり過ごさせてやりたい。

ユキは終業式を終えて12時15分に帰宅。
嬉しそうに成績表を見せてくれ「よくできる」が増えていた!
「冬休みの宿題を今日中にやる」と珍しく意欲的に取り組んでいたが、雨が降りそうで降らず陽ざしまで出てきたので先ほど遊びに行った。

おめかしユキ.jpgこれは登校前の様子。
最近は身だしなみもかばうようになり、髪の毛がはねていると水で濡らしてセットする。

ユキは女の子にも人気があるようで顔を赤くしながら嬉しそうに話してくれたが、「そんなことブログに書かんといてや」と言われて少なからず衝撃を受けた。

私は今もユキのことを幼児のように思っていたのだろう、ユキの言葉を真摯に受け取めて配慮しなければならない。


ちなみに、登校前の身だしなみの写真掲載とコメントは了解を得ている。

外は季節外れの暖かさで、ぬるい温泉につかるような感じだ。外気温は19度近くもある。

IMG_1470.jpg

今朝、ユキを起こしに行った時に撮ったもの。
Photo by Yuki.

附記:今朝送られてきた御言葉より
「それでも、あなたは何年も彼らを忍び、あなたの預言者たちを通して、あなたの霊によって彼らを戒められましたが、彼らは耳を傾けませんでした。それであなたは、彼らを国々の民の手に渡されました」。            
           (ネヘミヤ書9章30節)

主は私たちの不信仰、高慢、怠惰を忍耐していてくださいます。しかし、何らかの方法で警告されているはずなのです。主は憐れみの神ですが、その憐れみがいつまで続くか、試してはなりません。

                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8FABD88FAAB35B3F3F8FABC18FABA48FAAC23F3F3F3FA1F13F3F3F3FA1AF-41355.jpg私たちも、人から正当に評価されずとも、自分の役割を誠実に果たす気概を持ちたいと思います。主がそれを心に留めて、報いてくださいます。

(20日の御言葉より)


posted by 優子 at 15:58| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

家の教会㉞ −クリスマスの賢者たち “The Gift of the Magi”− ―

anime_tomosibi01.gif今日からアドベントの4週目に入り、いよいよ来週はクリスマスです。
アドベント期間は主イエスをに会う備えの時であり、それは即ち悔い改めの心を持つことです。イエスさまを心の中にお迎えして、クリスマスをこころからお祝いしたいと思います。

2016年12月18日(日)(第34回 家の教会)
13時5分〜13時45分
出席者4名
@ 前奏  知子
       バッハ コラール・クリスマスオラトリオ
A 主の祈り  一同   
B 讃美歌112番  「もろびとこぞりて」
           ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲
C 聖書輪読  マタイによる福音書2章1節〜12節
D お話    優子
E お祈り   一人ずつ
F 讃美歌115番  「ああベツレヘムよ」
G 後奏 知子  バッハ 待降節コラール
         「来たりませ 異邦人の救い主よ」
 
マタイによる福音書 2章1節〜12節:
2:1イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

2:7そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

お話:
今日は最初にオー・ヘンリーが書いた『賢者の贈り物』のお話をします。これまでにユキに読んだことがあるのだけれど覚えているかな? 貧しい夫妻が互いへのクリスマスプレゼントを贈る話です。ページをめくりながら簡単にお話するね。

妻のデラは、夫のジムが大切にしている金の懐中時計に吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を切って売り、一方、夫のジムは祖父と父から受け継いだ貴重な懐中時計を売って、デラが欲しがっていたベッコウのくしを買ったという物語です。

賢者の贈り物最終ページ.jpgそして、オー・ヘンリーは、お話の最後をこのように結んでいます。

「贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。
贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです」。


妻は自慢の長い髪を売り、夫はおじいさんから受け継がれてきた懐中時計を売って、それぞれ売ったお金で贈り物を用意しました。

このような行為を「犠牲」と言います。即ち、自分が損することを厭わずに相手に大切なものをささげることです。ですから犠牲の大きさは愛の大きさを示しています。

j_je02.jpgオー・ヘンリーが最後に書いている「東方の博士(賢者)」とは、今日読んだところに出てきた3人の博士のことです。

この博士たちは星占いをしていた天文学者です。と言っても聖書が罪とする「占い」、私たちが知っている「星占い」ではなく、彼らは当時の天文学研究者で、天体の運行と地上の出来事を綿密に調べる最先端の科学者でした。

しかも、知的に優れているというだけではなく、深い知識と知恵を有し、人を導く宗教者でもありました。

その博士たちが救い主の誕生を告げる星を見つけました。遠くはるばる長い旅をして救い主イエスさまを礼拝しに来たのです。その時にお捧げした「黄金、乳香、没薬」は非常に高価な品々でした。

博士たちは贈り物の品だけではなく、長い時間をかけてしんどい旅をしてやってきたのです。それら全てが尊いものでした。

私たちも日曜日に家庭礼拝するのは、時間ができたから、暇だから礼拝するのではありません。教会へ行くのと同じ、最初に神さまのために時間を聖別して捧げるのです。
実はそのように礼拝できること自体が神さまからの祝福であり、神の恵みの中で生かされているということなのです!

ヘロデ王は、その幼子を見つけたら「わたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」と言いましたが、博士たちは夢のお告げを聞いてヘロデ王のもとを避けて、「他の道をとおって自分の国へ」帰って行きました。
 
神さまと密に生きているとこのようなことを経験しますね。
特に知子は毎日1分たりとも気の抜けない状況にありますから、それゆえに神さまから絶妙なる時に絶妙なる知恵を示されています。私はたびたびそれらの証し(神さまの不思議な出来事)を聞かせてもらっています。


クリスマスは救い主イエス・キリストを伝え、「神さまはあなたを愛されていますよ」と伝える時、クリスマスは愛を分かち合う時です。

この『メメントドミニ』が読んでくださっている方のベツレヘムになって、キリストと出会われますように祈ります。

「人を愛し思いやる心があれば、毎日がクリスマス。その愛の心を一年中持ち続けよう。でもひとりでは続けようがない」。
      (画家 アンソニー・ヴァン・ダイク)

お祈り.jpgこれは礼拝でユキがお祈りしている姿です。この時、「おばあちゃんの目の腫れているのが治りますように」と祈ってくれていました。

というのは、昨夜から急に両方の上瞼が痒くなって1時間半ほどで目の下も腫れてしまい、今はかなりましになっていますが、今朝は瞼が眼球の半分まで垂れ下がるほど腫れていました。

検索結果から症状は「クインケ浮腫」に似ているのですが痒みがあるので違うようです。昨夜は小さな箇所(まるで虫に刺されたところだけ)が痛痒く、とにかく突発性の局所性浮腫です。身体の異変が続く日々です。

今朝は久々のサッカーだったので礼拝は午後になりました。
「ナイスシュートしたよ!」と嬉しそうに帰ってきたユキ。

体力もついてきたので礼拝中も眠らなくなりました。今では自転車に乗って一人で学校まで行くようになり、ユキの成長を喜びつつも手が離れていくことに寂しさも感じます。

次の土・日もサッカーがあるので25日のクリスマス礼拝も午後になります。

その朝、ユキはサンタさんからどんなクリスマスプレゼントをいただくのでしょうか。勤務している知子にとっては初めてその瞬間の我が子の喜ぶ顔を見ることができるのです。こんなに嬉しいクリスマスはありません。

この1週間も主が共にいてくださり勝利させてくださいますように!


附記:「これで4時間分できた」と、知子は昨日も今日も仕事をしています。毎晩最終電車に乗り遅れないようにと気にするほどの遅い帰宅です。


posted by 優子 at 16:00| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

「ねこは、はじめて なきました。ねこは 100万回も なきました」。 −結婚40周年の朝に―

毎晩NHKラジオ『深夜便』を聞きながら眠るようになったのは、入院していた母の病室に週2回泊まっていた時からだ。

簡易ベッドを拡げて横になった時、小さなラジオを耳元にぴったりつけて聞いていた。「ソフィーの世界」がベストセラーになっていた頃だ。耳元で聞こえる声が心地よく、以来21年経った今も手放せなくなっている。

いつも10分もしないうちに眠ってしまうので、就寝中の脳には悪いと思いながらもラジオは朝までつけたままだ。

IMG_1443.jpg今朝4時40分すぎ、トイレで目が覚めた時、4時台の「こころの時代」で『100万回生きたねこ』を朗読していた。
佐野洋子さんが書いた100万回死んで100万回生きたネコの話だ。


主人公のトラ猫は王様に飼われた時も王様なんか大嫌いだった。船乗りの猫になった時も、サーカスの手品使い、どろぼう、ひとりぼっちのおばあさん、小さな女の子など、いろんな人に飼われて何度も死んだ。

猫が死ぬたびに飼い主たちは猫の死を悲しんだが、猫は死ぬのなんか平気だった。
ある時、野良猫になって、猫は初めて誰の猫でもない自分の猫になった。猫は誰よりも自分が好きだった。


トラ猫は寄ってくる雌猫に、「おれは、100万回も死んだんだぜ!」と自慢するのだが、一匹だけ見向きもしない白い美しい猫がいて、その猫のそばにいるようになった。そして、かわいい子猫がいっぱい生まれた。

トラ猫はもう決して「俺は100万回も死んだんだぜ!」とは言わなかった。そして、白い猫と子猫たちが自分よりも好きになった。

子猫たちがりっぱな野良猫になって巣立っていった時、白い猫は少しおばあさんになっていた。

「ある日、白いねこは、ねこの となりで、しずかに うごかなく なって いました」。

その時、トラ猫は初めてないた。

「夜になって、朝になって、また 夜になって、朝になって、ねこは 100万回も なきました。
朝になって、夜になって、ある日の お昼に、ねこは なきやみました。
ねこは、白いねこの となりで、しずかに うごかなくなりました」。


ラジオから聞こえる朗読が聞こえた瞬間、今日は結婚40周年であることを思い出した。それがどのような関係があるのかと気になりながら最後まで耳を澄ませて聴き入った。

トラ猫は誰かに飼われていた時は何度も死んで何度も生き返ったが、悲しくも嬉しくもなかった。しかし、自分の人生を主体的に生きることで愛を知り、自分よりも大切な存在ができて愛おしみ、猫が自分らしく個性的に生きることで、ようやく充実した日々になった。そして、人生を全うして安らかな死を迎えた。


私は子育てをしながら、それまで全く関心のなかった子どもの本に眼が開かれていった。この本を1982年夏に購入しているので、長女が4歳8ヶ月、次女が2歳2ヶ月の頃だった。

この絵本は子どもの意識や無意識が揺さぶられる一冊であり、ユキ(孫)にも何度も読み聞かせた本である。先ほど家族が揃うリビングルームでユキに久々に読んだ。

やっぱり最後は涙が溢れて声が詰まり、読み終わった時はしばらく涙を拭かねばならなかった。私の感受性は衰退してはいなかった。

IMG_1442.jpg小さくならば掲載を許してもらえるだろうか。
主人公のトラ猫が小さくなった白い猫を抱いて泣く絵は圧巻だ。この絵を見て何も感じない人がいるのだろうか。

苦労が多く涙をふきながらの日々であろうとも、心を込めて精いっぱい生きる。実はそのような時こそが充実した本当に生きた時間なのだ。

子どもが幼い時に、そういう時間を経験させてやることが親のしてやれる最高の教育だと思う。

だからこそ、今のユキには遊びを通して充実した時を経験させてやりたい。人生のどの段階においても「今しなければならないこと」と「今しかできないこと」を心にとめながら長い時間をかけて育んでいくのだ。 

親や家族が、もちろん教師も子供の周囲にいる大人たちが子どもと向き合って、じっくり話を聴くならば、子どもは必ずや他者の話にも耳を傾け、自己に目を向けていくだろう。

こういう内容になるとエンドレスになるので強制終了しよう。
しかも、今日はこのようなことを書こうとしたのではない。

結婚40年を迎えた今、死んでしまった白い猫を抱いて泣き続けるトラ猫に万感胸に迫るものを書きたかった。相手がどうであれ、これからも自分らしく生きていくために。


posted by 優子 at 13:04| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

我が家のインフラも知子が担う

霜が降りた屋根.jpg今朝はパウダーシュガーを振ったように屋根が霜で白くなっていた。

最低気温は−1度で、日中も8度までしか上がらず真冬並みの寒さだが、ユキは今日も学校から帰ると宿題を終えて遊びに行った。今日は家の前でO君とO君のラジコンで遊んでいた。

さて、我が家も新築して17年経つと次から次と不具合が出ている。
今回は先週末にインターフォンが突如機能しなくなり、翌11日に知子が量販店へ出かけて発注・手配して、13日に取り付けてもらった。インターフォンが鳴らないのも困る。洗濯機の故障と同じく待ったなしに必要なものだ。

newインターフォン.jpgこれを機に、ようやく我が家のインターフォンも映像付きになった。これは取り付けた翌朝、ユキが学校へ行く前にチャイムにタッチした。
この家の引き渡しを受けた1999年2月には、既に映像付きのインターフォンがあったと思うのだがどうだったんだろう。

LEDに交換A.jpg今では知子が我が家のインフラまで担ってくれており、11月13日には食卓上の照明器具を自ら取り付けてくれた。

10月下旬より電気がつかないことが頻繁だった。蛍光灯を交換してもダメ、グロー球かと思えばグロー球は最初からついていなくて、照明器具がダメになったようだ。

スイッチを入れると一瞬ついては消えてしまう。何度か繰り返すと点く場合もあるので、夫がスイッチをパチパチ繰り返す。そのようなことをしていたら本体そのものが損なわれて工事になってしまうからと、注意しなければならないのも苦痛だった。

LEDE381ABE4BAA4E68F9BE291A0.jpg今の照明器具は蓋を開けると丸い蛍光灯ではなく、まるでイカが卵を産み付けたみたいで驚いた。すべてLED電球に変わっているので、丸い管を予備に置きすぎると無駄になりそうだ。

この照明器具を取り付けてくれたのは知子で、今週の日曜日にはテレビとインターネットをつないでくれた。共に全く苦手な分野である。説明書を真剣に3度読んでから始める。経理の仕事も全てそのように開拓してきたように。

ネットにつないで.jpgユキは翌日からさっそく「Let's天才てれびくん」を楽しんでいる。

テレビに取り付けた機械は「ポイントが貯まっているから」とNTTが送って来てくれたのだが、知子は休日もなかなか着手することができず、ユキが2ヶ月越しにお願いしていたことだ。

ユキはお友だちが持っているゲーム機を与えられずに我慢している。
というのは、知子と真智子は小学校1年生の2学期から階段を駆け下りるように視力が0.1以下にまで落ちていき、ユキも強度の近視になると眼科医から言われてもいるからだ。幸い今も視力は正常を保っている。

学校から帰ってきたら宿題だけして暗くなるまで遊ぶユキ。ボールが当たって門燈を壊したりもするけれど、私はそんなユキを微笑ましく思っている。

父と母にユキと会わせてあげたかった。


12月の台所.jpg「優ちゃんの孫になると縁が薄くなるからなぁ」と言っていた父。

「お父さん、お母さん、ユキはいい子に育っているよ。
本当に優しい子でね、遊びから帰って来た時にお風呂を洗っていなかったら黙って洗ってくれるような子です。
知子と真智子も優しい子、成熟したりっぱな社会人として頑張っています。娘たちは私の喜びです」。


シングルマザーとして生きる女性の強さか、知子の凛とした姿は輝いている。今では会社だけではなく家庭でも精神的要まで担いつつあり、そのような娘に感謝し喜びつつも哀感も入り混じる。

学校は今日から短縮授業に入り個人懇談会が始まった。知子は特別に便宜を図っていただいて8日に懇談を終えている。17時から1時間も教育観について話が盛り上がり、担任の先生(運動会後より3年になって3人目の担任)と価値観を共感し合えたと喜んでいた。

昨夜の冷え切った夜も帰宅は11時半だった。今夜はもっと早く帰ってこられますように。

ユキ撮影.jpg
Photo by Yuki!

追記:今夜は10時半過ぎに帰宅した。

posted by 優子 at 16:33| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする