2018年02月02日

世界を覆い尽くした資本主義

1月31日朝9時からBS1スペシャル「欲望の資本主義2018〜闇の力が目覚める時〜」の再放送があった。何気なくかけていたテレビに目をやっていたら、特に経済に関心があるわけではない私も引きずり込まれる内容だった。理解できる範囲でしか理解できないのは自明だが、私なりにも感じること大なりだった。

「経済の在りようが人間の在りようを決める」。
この言葉を聞いた時、次女が大学の卒業論文「あとがき」に書いていたことを思い起こさせた。

「大学で経済学を学ぶことを決めたのは、日本史から人間の群像が見えた時であった。高校生だった私は、時代を遡っても共通する人間の姿や経済に強い興味を抱いたのである」。

真智は経済哲学(?)のスタンスで学究してほしい。これは1月3日に放映されたというから、次女夫婦が滞在していた時だ。一緒に観てどんな感想を言うのか聞いてみたかった。

もう一つ感じたことは会社経営について。どの時代においても企業は30年以上同じ形態で存続することは難しく、ましてやすっかり変わってしまったデジタル社会の現代においては、経営終結の落としどころを見据えて舵を切らねばならないと思った。

マルクス、ケインズ、アダム・スミスについても名前を知っている程度であるが、今回初めて耳にしたシュンペーターの理論や人物像に興味を持った。

以下は私のメモ:
▼ マルクスは「資本主義はその矛盾ゆえに滅びる」と言っている。

▼ 2015年末に悪魔の幕が開いた。悪はポジティブな力。「外側」がない悪が生まれる。悪は個人に生まれるのか、社会に生まれるのか?

▼ 資本主義はどこまでも拡大し「成功ファースト」を追求するため、同じことをしていてはダメで、例えば「CO」など、今まで見えなかった所に目をつけて価値づける。

▼ シュンペーター(Schumpeter・革新が経済を成長させることを説いた経済学者)は、金を王に譬え、王を王と思うのは皆が王と思っているからで幻想ほど強いものはないと資本主義のゲームを説いた

▼ ケインズは失業が社会の最大の不安とした。貨幣を月に譬え、人は手の届かないものに憧れる。

金が道具ではなく目的になってしまう。使うためのお金が貯めるためのお金になり、逆転した時に人はお金の奴隷になる。

金融資本主義。資本の増殖を求めて、政府と銀行の関係は互いに共生する生物のよう。

▼ 資本主義に与えるエネルギーは共産主義や社会主義のエネルギー。

▼ スティグリッツ曰く、インターネットの世界はアダム・スミスの「見えざる手」が働いている。フェイスブックは統計に反映されていない。他人に24時間追い立てられることはそれほど幸せなことか?! 何が価値を決めるのか?!

▼ マルクス曰く、「なぜ金と物が交換できるのかわからない」。商品が貨幣になる命がけの跳躍。 価値は主観的であり、価格は客観的、価値を交換し続けるゲームの中で我々は踊り続ける。お金を使っているつもりでお金に使われている。

▼ 創造力の追及が新たな義務となった。ロボットの時代、創造的でなければ死ねと言われ、経済のルールに支配されつつある。テクノロジーが経済のルールを決めていく。マルクスは「機械怪獣」に気づいていた。

▼ 経済の在りようが人間の在りようを決める。シュンペーターはマルクスの書に見出した闇の力とはこれなのだ!!!

▼ 新しいテクノロジーは過去を破壊している。楽しいはずの創造が義務になれば苦しくなる。働くのは何のため?!

▼ 仕事でアイデンティティを得ている人が多くいる。彼らは働かないのは余暇ではなく失業と取られるから、働かないことに恐れがある。しかし、この大きな問題に向き合おうとしない。

▼ 今後ますます自動化で仕事が減り、労働時間は長期的には週20〜25時間になる。では、所得はどうなるのか?

ニクソン時代にベイシックインカム(basic income・政府がすべての国民に最低の生活を保障する所得を定期的に支払う政策)が導入されるはずだったが、レーガンとサッチャー出現で成らず。

試験的に実施していた結果はすべて良く、離婚率も上昇していなかった。ベイシックインカムが導入されていたならば、その影響は計り知れぬものだったという。

▼ 世界を覆い尽くした資本主義。
富はコンツェルンに。競争原理は働かず、競争なき社会は土台である社会制度を揺さぶり、自らの存続不能に陥る社会に入る。

儲けるという欲望がなくなると社会主義になる。しかし、経済が永久に成長し続けることはなく、ここから抜け出せる道を見つけ出せるかどうか。

更に多くの矛盾を生み出して人類を滅ぼしてしまう。人間世界の滅亡は、いつか本当にやって来るだろう。

資本主義は批判を受け入れられる唯一のシステムだ。ルールを決めるのは私たちの時代の欲望である。
人間の欲望。
人間について考える時、改めて「欲望」というのが大きなキーワードであると思った。その欲望があらゆる分野に向けられて蛮行をくり返していたのだと、人間の実相の淵を覗いた気がする。

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posted by 優子 at 20:07| 社会的なこと | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

家の教会2018D −「受けるより与えるほうが幸いである」―

IMG_0332.jpg今日も−3度、5度と連日同じでも、日に日に寒くなっているように思うほど寒い。二上山・雄岳も薄っすら雪化粧。

知子は朝から全日のセミナー参加のため不在。
2018年1月28日(日)  (2018第5回 家の教会        
                       12時25分〜12時50分
                              出席者 3名 

@ 初めのお祈り  優子、幸悠。

A 主の祈り

B 子どもの讃美歌  82番「おおしくあれ」

C 聖書輪読    使徒行伝 20章28節〜35節

D お話      優子

E お祈り     一人ずつ

F 讃美歌     448番「み恵みを身に受くれば」 

使徒行伝 20章28節〜35節:
20:28 どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。
20:29 わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。
20:30 また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。
20:31 だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。
20:32 今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。
20:33 わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。
20:34 あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。
20:35 わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。
お話:

使徒行伝は、ルカがルカ伝の続編としてA.D.80年頃に書いたもので、ルカ伝同様にテオピロに捧げています。その内容は、ペテロとパウロを中心とした使徒たちの福音伝道の記録です。そして今日開いた箇所は、パウロがエペソ伝道でエペソの長老たちに推奨しているところです。

「受けるよりは与える方が幸いである」。これも多くの人が知っている有名な言葉ですね。パウロはイエスさまが語られた言葉であると言っていますが、どの福音書にも出てきません。

「受けるよりは与える方が幸い」をユキに分かりやすく言えば、「もらうよりもあげるほうが幸せ」と言うことになろうかと思いますが、イエスさまは何を言おうとされているのか考えてみたいと思います。

「与えるほうが幸い」というのは、経済的に豊かでないと人に与えられないから、与えられるのは幸せだと言っているのでしょうか。しかし、パウロは「わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。」と言っているように、決して経済的に豊かであったわけではないことがわかります。

この頃は誕生したばかりのキリスト教会ですから、ユダヤ教的な考えから躓く人もいたと思われます。というのは、ユダヤの律法学者は律法を教えることで報酬を得てはいけないという決まりがあり、熱心なパリサイ派の律法学者だったパウロは、人を躓かせないように「自給伝道」を実践したのです。

私たちもパウロのようにイエスさまの教えに倣いたいと思うのですが、どうでしょうか。なかなか難しいですね。特に若い頃は獲得の人生と言いましょうか、自ら経済的に自立し、結婚すれば家族を養っていかねばならず、何事につけ他者への思いやりは、年を重ねた今よりもなかったように思います。

そして50歳になる頃から、それまでの獲得の人生から手放していく生き方に変わっていくのだと思うのですが、私は初めてこの言葉を読んだ時、この教えをクリスチャン倫理の原則として禁欲的に受け止めたように思います。

しかし禁欲的に倫理を実践するなど、全く愛のない行為であり、それさえも実行するのは至難です。ただし注意しなければならないのは、受けることが悪いと言うのではなく、受けるのも恵みであり感謝です。人は互いに与え合い、互いに受け合って生きているのです。祈り合うこともそうです。

でも、「受けるよりも与えるほうが」と言っているように、与えることは受けることよりももっと幸いだと言うのです。イエスさまこそが徹底的に自らを与え尽されたご生涯でした。

しかも「与える」とは何も金銭や贈り物だけではありません。自分にできること、自分の能力や時間を困っている人のために用いることも「与える」ことであり、神さまが一人ひとりに与えてくださっている賜物を用いることは大いなる愛です

それらを自分のためにだけ、自分の愛する人のためにだけ使わないで、悲しんでいる人や困っている人に用いさせていただく時、与えられた時よりもはるかに多くの喜びに満たされます。

福音を与えられて主イエスと共に生かされる神の恵みは、どんなことからも奪い取られることはありません。パウロはそのことを本当に知っていたから実践できたのです。

私たちも弱い人々のために心から与える者となりたいです。イエスさまの福音が深く我が身に浸透していくときに、私たちは愛の人に変えられていくのだと思います。

最後に三浦綾子さんのこんな言葉が思い浮かびました。三浦さんは『銃口』という作品の登場人物に、「どうしたらよいか迷った時は、自分の損になる方を選ぶといい」という言葉を語らせています。深い言葉ですね。

今週も毎日毎日を丁寧に生き、関わる人に愛をこめて悔いのない人生を生きたいと心から願っています。

posted by 優子 at 16:42| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

真冬の光景

IMG_0305.jpg−2度に5度だった昨夕、ついにユキの待ちに待った雪が降って来たが、20〜30分で止んでしまい、夜半まで残っていた手すりの雪も今朝は消えていた。


IMG_0309.jpgそれでも土のところは微かに雪を残し、白く飾られ土だとチューリップの芽は見つけやすく、いくつも顔を覗かせていた。
この写真より全てユキが撮ったものだ。

今朝も−4度まで下がり、最高気温も6度と寒い一日だった。
寒さなど平気なユキと夫は2時間以上も散歩に出た。

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スズメの集団が一斉に飛び立ち、
かろうじて写っているスズメたち、ステキ!

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池は全面凍っていて、氷の上に雪が積もっている。

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柿を食べるメジロ。

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そして、午後はサッカー教室へ。ユキのおじいさんは超元気。
午前中に2時間歩き、午後は山の上にある中学校へ自転車で送りに行った。勿論、電動ではなく普通の自転車で! これもユキのリクエスト。
帰ってくるとすぐに私と毎週の日課の食料の買い出しに。今日は4軒ハシゴした。
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今日のサッカー教室のブログには、「受験が終わって久しぶりの6年生も参加してくれました。」と記されていた。中学受験か・・・この小学校では半数が私学へ進むそうだが。

白いハイソックスの子がユキ。サッカーの帰りは一人で帰宅。みんな大きくなったね。明日は9時から小学校で練習だ。
posted by 優子 at 22:12| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

凍てつく寒さに春の色

IMG_0286.jpg散歩道のせせらぎはお昼前でも凍ったまま。東京では48年ぶりの寒波とか。当地でも今朝の最低気温は−4度、最高気温は昨日同様4度止まりだった。関西で最も下がったのは生駒山の−8.8度だった。

起床して窓を開けると結露が凍ってバリバリと音を立てた。頭痛がした。案の定、血圧が153と高かった。

「新潟、ずるい!」「秋田、ずるい!」「ユキのとこ、いっこも降らへん」と、天気予報を見てはガッカリするユキ。童心に感激しつつも雪が降ると大変。昨秋から続く高値の野菜も、雪が積もると葉物野菜は収穫さえできなくなってますます品薄になる。

連日暖房のききが悪いほどの寒さだが、今朝は風がなかったからか覚悟していたほど寒くはなく、陽ざしがあったので少しだけ歩きたくなった。血圧は137、これならば大丈夫だろう。

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このカボチャ捨ててあるのかなあ?

やはり冷気で頭痛がしてきたので帰路につこうとした時、途中で見慣れない老婦人が気になり、通り過ぎようとしたが神さまの視線を感じて声をかけた。

困っておられたので自治会長の家へ伝令し、すぐに戻って会長さんが来られるまで話し相手になり、その後も20分ほど説得して、ようやく腕を支えながらご自宅まで送った。
その途中で地域包括支援センターの方が来てくださったが、自宅前にたどり着き、まもなくその方に託した。

老婦人の認知症はごく軽度であり、家族の人間関係の問題を話しておられないので誤解されるような会話になるのだと思う。いろんなことを考えさせられた。2週間前に義母のことで訪問してくださった女性だった。

寒い中、1時間も関わっていたので体調を心配しながら帰宅した。

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こんなに寒いのに桜が蕾をつけていた。
ピンボケでうまく写せなくて、夕方にもう一度ユキと撮ってきた。

IMG_0251.jpgこの鮮やかな緑と黄色は春の色。先週末、いつも利用する地元野菜の直売所で買ったアスパラ菜。
あまりに美しいので料理に使うのに躊躇したが、青物がないので八宝菜の仕上げに中華鍋に入れた。

青物と言えば、アメリカには小松菜がないからと、次女夫婦が帰国する時は多い目に買い求める。お鍋の青物も菊菜(春菊)ではなく小松菜だ。

この店のは殆どが無農薬で作られており、しかも市価より少し安い。この年末は次女夫婦が一緒だったので生協の共同購入分だけではなく、その店でも8袋追加し、日本を発つ朝食にも小松菜を欠かさなかった。

次女夫婦が3週間前までここにいたとは思えなく、しかしまた、もっともっと長い時間が経ったようにも思うのは、日々の出来事の濃密さか。寒気は明日も続くそうだ。
posted by 優子 at 23:21| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

家の教会2018C ―十字架の音信 「愚かさと躓き」―

IMG_0198.jpg2018年1月21日(日)   
      (2018第4回 家の教会)

8時55分〜9時25

  出席者 4

奏楽:知子


@ 初めのお祈り  優子
A 主の祈り                           スズメ
B こどもの讃美歌 「神さまがわかるでしょ」
C 聖書輪読    Tコリント 1章18節〜25節
D お話      優子
E お祈り     1人ずつ
F こどもの讃美歌 74番「神のお子のイエスさま」

コリント人への第一の手紙 1章18節〜25節:
1:18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。
1:19 すなわち、聖書に、
「わたしは知者の知恵を滅ぼし、
賢い者の賢さをむなしいものにする」
と書いてある。
1:20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
1:22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
1:24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。
お話:
ユダヤ人は、ローマの支配から解放してくれる力強い者を求めていましたから、十字架に磔(はりつけ)にされて殺されてしまう神は認められず、十字架が躓きになりました。

また、知恵を求めるギリシャ人にとっては、救い主が十字架上で死ぬなんて筋の通らない愚かな教えであり、世の人々にとってはイエスさまの教えは愚かな福音でしかなかったのです。

しかし主イエスを救い主と信じる私たちにとっては、だからこそイエスはキリスト(救い主)である「しるし」であり、ここにこそ神の知恵が顕れているのです。

なぜならば、イエスさまは神さまであるから十字架上から飛び降りることもできました。しかし、私たちの身代わりになって十字架にかかって死んでくださったからです。

まさにそこが知性や理性では理解できないのです。罪人である私たちは何も罰せられなくて、身代わりになって死んでくださったなんて、そんなこと理性では考えられず、理屈に合わないのです。

修行や難行を積めば救われると言われれば理解できるのですが、善い行いをしたから、あるいは、能力があるから救われたわけではありません。

このように知恵や理性には限界があり、己が低くされて、自分の無知と無力を知った者が神さまの圧倒的な愛に気がついて、救いに入れられるのです。

自分の無力さを知っている者は、生きている限り何度も何度もそのことを思い出しては神の愛に立ち返らされて、主の平安と喜びを味わいながら、人々との関係も豊かにされていくのです。

私はそのような人生を生きたいです。それで主イエスを信じて生きる人々は、イエスさまの十字架の福音を宣べ伝えているのです。
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2018年1月13日(土)夕方。
知子がサッカーを終えたユキを迎えに行った帰り、
ムクドリ.png
パン屋さんの前から撮ったもの。
鳥の大群はムクドリだったという。
向こうの電線にもいっぱい! 私も見たかったなあ。

posted by 優子 at 15:56| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

ブルンナー読書会P ―十字架の愚かさと躓き―

IMG_0222.jpg今回から知子も加わり、オールメンバー4名に戻っての読書会である。とはいえ、知子は今も心身共に疲れ切っているためにテキストを読むこともできずに参加した。

そして、幸悠をサッカー教室会場(中学校)へ送りに行っている知子の帰りを待ってくださって開始した。

今日はエーミル・ブルンナー著『フラウミュンスター説教集T』の6回目、説教のタイトルは「十字架の愚かさと躓き」。

14時頃〜16時20分。
讃美歌239番(知子の奏楽で讃美する)、聖書輪読、お祈り(優子)。

コリント人への第一の手紙 1章18節〜24節:
1:18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
1:19 すなわち、聖書に、
「わたしは知者の知恵を滅ぼし、
賢い者の賢さをむなしいものにする」
と書いてある。
1:20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
1:22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
1:24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。

【感想】
この説教で最も深く頷かされたところは、「自分自身を追求し、自分が称賛されることを求め、立派であろうとする。自分の力で最高のものを獲得しようとする」という指摘であり、これが人間の実相だ。

「悪の根源、罪の実体は、われわれが高貴な事柄に携わっていても罪が姿を現してきて、慈善的な行為の中にも、倫理的な最高の努力の中にも、いやそればかりか信仰や祈りの中にまで侵入してくる」という指摘は非常に鋭く、読む者の心深くまで探られる。

「ひそかに名誉と称賛とを渇望しているこの『私』は絶えず存在し続けている」ことを、私も知っている。集中できない祈りの時にそのような自意識が浮上してくることがあり、「神さま、これは私の本心ではありません。そのことはあなたがご存知です。どうか解放してください」と悶え、祈る。

これについてブルンナーより解答を得て、これまで歩んできたとおりに歩んでいけばよいと裏打ちされたようで心強く感じた。

即ち、「われわれが信仰によって神の愛の中へ繰り返し入れられれば入れられるほど、頑固な罪人であるわれわれにおいても新しいことが生起する。信仰のうちにあって絶えず神の恵みを与えられ、それを素直に受け取る者、そのような人にあっては、この膨れ上がった『私』は砕かれ、この高慢はなくなる」ということだ。

しかしもし、主イエスの恵みを知らずに、その「私」に焦点を当てて探求し続けたならば、自分自身を見失い、神をも見失って精神の闇の中に迷い込む危険を感じる。
説教の冒頭で語られている科学技術の進展と人間、また、科学と信仰については、社会や世界の情況からしみじみと考えさせられている。

人は何のために生きているのか、また、人はなぜ創られたのかという、人間の根源的な問いに科学は答えることはできないからだ。
にもかかわらず科学の進歩により、今や運命や自然の一部を支配できるようにまでなってきており、深刻な問題を作り出すばかりである。

生命倫理だけではなく、科学者と軍事研究の問題にも大きな懸念を感じている。 知識の拡大にますます人間の成熟度が追いつけず、今や何のために研究しているのかという目的まで見失って、人間の欲望を満たすために突き進んでいると言い切ってよい状況である。

まことの神の教えは、なぜこの世の知恵が躓きを覚えるような類いのものでならないのか。

それは、「この世の知恵は人間に自己の成果を誇る機会を与え、人間を謙虚にせず、人間の罪を明らかにせず、かえってそれを看過する」ゆえに、理性では理解できないかたちをとられたということを、今一度深く理解することができた。

最後に、日本の教育は進化論一辺倒ゆえに、神を知り、聖書を読む孫に対して、どのように進化論を位置づけて学習を進めて行けばよいのか。

信仰という観点から人間の知恵や科学を具体的にどのように話してやればよいか、まさに現在進行中の課題なのでご意見をお伺いしたい。

下村喜八さんのお話:
最初に私の感想を受けて話し始められた。
悪の根源、罪の実体は、信仰や祈りの中にも「我が」「我が」という気持ちが入ってきて、まるで神さまと自分のエゴと戦っているようだ。ここは今日の大切な個所の一つだ。

阿弥陀如来と神は全く別であるが、『歎異抄』を読むと、親鸞は自分ほど救われない人間はいないという考えが根底にあって、阿弥陀様に救っていただかないといけないと徹底的に他力である。

T・S・エリオットの作品に、殉教者の心の中にもそのことによって誉を得たいという心理が働くということ。それは拭(ぬぐ)いがたく、どんなに自己を誇ったり、輝きたいという気持ちが働くかということを書いたものがある。

神は人間を神の似姿に創造されたことについて、ブルンナーは外見に似せてというよりも、人間を神の呼びかけに答える者として創造されたと考える。進化論については、猿から人へとそのような形で今も進化していると合理的に考えた。

(私が受洗する前に恩師である同志社の聖書科の師と話したとき、アダムとイブに始まる創世記は12章まで神話であり、遊牧民であったイスラエル民族の口伝だと言われたことを話す。)

ブルトマンの「非神話化」(聖書から神話的なものを取り除く)という考え方もある。

「我々の人間関係の中に意味と秩序をもたらすためには」、この世的な科学だけでは不十分である。

ブルンナーは「誇ること」が罪の本質に近いと言っている。

「この世の知恵は人間に自己の成果を誇る機会を与える。人間を謙虚にせず、人間の罪を明らかにせず、かえってそれを看過す。すべての東洋の宗教と神秘宗教にいっそう当てはまる」。
(キリスト教は「罪」、仏教では「煩悩」、神道は「汚れ」)

P63、lastより7行目〜:
「私は私の本質の深みにおいて転倒している、神を喪失し、自己を追及して神を回避しているということ、ほかならぬこの認識こそ重要なのです」。
転倒した命、転倒した生。

ルターは人間を、「おのが内へと屈折した心、したがって究極には自己自身を愛し、神と隣人を愛さない心」と定義する。

高慢ほど甚だしくわれわれを神と隣人から引き離す罪はない。十字架の音信は、知の立場から見ると愚かに見える。福音の愚かさ。

1冊目のテキストに用いたブルンナーの『我は生ける神を信ず』(使徒信条講解説教)の97ページの最後から99ページに書いてあることが、64ページ終わりころから65ページの5行目に書かれていることと重なる。

即ち「神はあまりにも高く、しかも人間における悪はあまりにも深く、人間はこの上昇の道において神に到達することはできない」のであり、「いつも、人間が神のところへ近づくのではなく、神が人間のところへ来られるということ」である。

精神的修練や修行など、それらはすべて人間から神への道であり、つまるところは人間の自己称賛である。

IMG_0208.jpg附記:読書会のあと、いつもよりも長く交わりの時を持たせていただき、私たち家族の現況と今後について話を聴いてくださった。
言語化もできないほど弱り果てていた知子だったが、知子の言葉に神さまの確かな導きを感じて、今まで以上に知子を支えていきたいと思う。

下村さんをお見送りして、知子はユキを迎えに行った。
今日のユキ。
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posted by 優子 at 23:55| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

私にも懐かしきミネソタ

今週から寒さが和らぎ、今日も穏やかな晴天とのこと。血圧正常! カットに行くべく電動自転車のバッテリーに充電開始したが、「BS」でミネソタが映ったので早々から30分の休憩となった。

一度行ったところは見ていて楽しく、「行った、行った!」「ここも知ってる!」と懐かしく楽しく観ていた。マチ・クマにも見せてあげたかった。

ミネソタの人口最大の都市・ミネアポリスと州都セントポールを合わせて「ツインシティ」と呼ばれ、大都市で最もリラックスできる町がミネアポリスだという。

ミネアポリスとは「水の町」の意、水が豊富で小麦粉の一大産地で「ミルシティ」と呼ばれ、川沿いを「ミル地区」という。そのことは知らなかったが、そのあとはマチ・クマに案内してもらった所がいっぱいあった。

まずはダウンタウン。冬の寒さが厳しいミネアポリスの特徴は、ビルとビルを繋ぐ「空中廊下:スカイウェイ」だ。スカイウェイは「2階」を意味し、71qに及ぶ。
長いスカイウェイを歩いたのはミネソタ大学内のだったっけ?

GopherWay.jpgミネソタ大学のキャンパス内では、建物と建物を地下道で繋ぐ「ゴーファーウェイ」 "Gopher Way"(リスの道)があった。これも極寒の外気に触れずに別の建物に移動でき、情報案内システムとして開発されたという。

そして、全米最大規模のモール "MALL OF AMERICA"には、映画館から水族館、屋内最大のテーマパーク(遊園地)からチャペルまである。それ以上に驚いたのは冬季中は開店前のモールの中を歩く(走る)ために、早朝からやってくる人々のために7時から開いていることだ。

「雪で滑って転ぶ心配もない」と、モール・ウォーキングもアメリカではれっきとしたエクソサイズで、ウォーキング・プログラマーまでいた。

「アメリカの冷蔵庫」と呼ばれる北極圏の気候、−40度にもなるミネソタだが、スカイウェイを歩く人は「ジャケットは車に乗る時だけでラフな格好で過ごせる」と話していた。

ジャズ好きには "DAKOTA"が紹介されていた。1980年代に一世を風靡したプリンスを世に出した場所だった。

mississippi.jpg「ミシシッピー川も見た! 
まさに連れて行ってもらった所!」
「あっ、乗った、乗った! 
路面電車も乗った乗った!」
と、独りではしゃぎながらな見ていた。
↑ アメリカの母なる川・ミシシッピ川の上流。
後ろに見えるのがダウンタウン。

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この時、ミネソタのいろんな乗り物に乗せてあげようと計画してくれたんだってね。これは真智たちの家を出てミネソタの空港へ向かうところ。5月初めでも防寒着を着ている。

スカイウェイのビルも撮っていたのに削除してしまい、ゴーファーウェイも消してしまって動画から撮ってもらった写真だ。

行った所をテレビで見るのはすごく嬉しいものだ。そして今、懐かしく過去ログ・「ミネソタへの旅」を見て、家にばかり閉じこもっていないで旅に出たいと思った。

番組は、「雪解けのあとの長い時間、町は輝きにあふれる」と締めくくっていた。ワシントンも寒いのに日本よりも春が早く、突然にやってくるような感じがする。

ロシアでは−67度と想像を絶する寒さだ。今週は穏やかな冬日だったが、来週は−67度の寒気が日本まで下りてきて再び先週の寒さになるという。天気予報を聞くだけで緊張して血圧が上がってきそう。

昨夏切れてしまった10年用のパスポートはミネソタに行っただけだった。もうパスポートを取ることはないと思っているが・・・どうだろう・・・やっぱりワシントンD.C.に行ってみたいかも・・・マチ・クマと一緒ならば言葉に困らなくて安心だけれど・・・
posted by 優子 at 20:40| 真智子(ミネソタ便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

阪神・淡路大震災から23年 @ 

今から23年前の今日、兵庫県南部に直下型大地震が起きた時、私達は東大阪の9階建てマンションの8階に住んでいた。

私は43歳、夫49歳、知子は高校2年生、真智子は中学2年生だった。私は母の介護で毎週2回、大阪市内の住友病院に同行し、そのあと実家へ行って母と父を助けていた頃である。

あの朝、地面から突き上げるような地震にびっくりして飛び起きた。

当時は6畳の部屋に、二棹の和ダンスと鏡台を置いた部屋に家族4人が寝ていたものだから、タンスの下敷きになっては大変と、私は咄嗟に子どもたちに寝室から出るように叫んだ。

隣室のリビングルームではCDラジカセが遠くへ飛び、台所の炊飯器はひっくり返って洗米していた米と水が飛び散り、割れた食器で足の踏み場もなかった。トイレの便器の水がザブンザブンという音をたてていた。

すぐにテレビ(NHK)をつけたが、宮田アナウンサーは被害はたいしたことないの繰り返しで、「震源地でもない東大阪でもこれなのにそんなはずはない」と私はブツブツ言いながら片付けていた。

しかし、8時頃になると被害の様子がわかり始めた。神戸の叔母たちのことが心配になって電話したが既に回線は切れていた。

この日は読書会の新年会と例会が予定されており、「東大阪読書友の会」の代表だった関係から、奈良市に住んでおられた顧問の西口孝四郎氏に開催するかどうかを相談した。

「近鉄電車は動いているからやりましょうや」ということで開催することに決まった。

その後、会員さんたちから電話があり、また、こちらから電話したりで大変だったが、まもなく電話も通じなくなってしまった。

しかし予定通り、定刻正午より小阪駅前のユニオンホテル(現コミュニティホテル)で新年会を開き、大阪商業大学に移動して例会を終え5時過ぎに帰宅。すぐにテレビをつけると信じられない光景で立ちすくんでしまった。

夜7時20分頃、父より電話が入った。

私たちの無事を知った父はこう言った。

「あの時、すぐおばあちゃん(私の母)の寝間に入って抱いていた。『死ぬ時は一緒や!』と言ってた」と。

進行性難病だった母は、この時すでに1ミリさえ全く身動きできない状況だった。怖かったであろう!!! 母68歳、父69歳だった。

夜8時頃、兄が電話をくれた。

「優子か、僕や。大丈夫やったか?!!」

力強い口調で安否を聞いてくれた。

灘区に住んでいる叔母夫婦とは連絡がとれず、無事を祈るしかなかった。

あの時、御影(みかげ・東灘区)で一人住まいしていた従妹は、地震直後、パジャマのまま両親に向かって走った。叔母夫婦もまた必死で外に出て我に返った時、叔父が娘を助け出さなくてはと思った時に娘が駆けつけてくれたという。

親を思う子と、子を思う親の姿。

高校時代の従妹は有力なスプリンターで神戸放送サンテレビで映る姿も何度か見た。従妹の走る姿と、その時の従妹の気持ちを想像するだけで今も胸を打つ。私より10歳年下だからAちゃんは32歳だったのだ。

あたりの様子は現実のこととは信じられぬ事態になっており、家はドミノ倒しのように全てが崩壊していたそうだ。私は母の通院介助のために石屋川の様子を見ることなく過ぎてしまった。

翌18日朝の7時半頃に叔父から無事の第一報が入った。

叔父は電話口までこぎつけたものの、公衆電話は長蛇の列で直ぐに切らねばならなかった。8時半頃に叔母からも電話があった。

この日は母の通院日で、私はいつも通り9時前に家を出て住友病院で両親と再会した。帰り道、いつもならば10分ほどで行ける野田阪神に出るまでに1時間かかっていた。

国道2号線の淀川大橋手前の海老江(えびえ)の交差点では一般車両の通行止めでごった返していた。

母の床ずれの痛みも限界を超え苦痛に耐えていた。ようやく先頭の数台前になった時、私は身体障害者の証明書を持って交通整理の警察官まで走って行った。

事情を説明すると警察官は快く橋を通ることを許可してくれ、迂回せずに直進した。「さすが優ちゃんやなあー」と感激する父の反応に、「そんなん当たり前やんか」と返し、喋ることもできない母はホッとした表情を浮かべて微笑んだ。

その夜、叔母たちは西神中央のマンションに住んでいた息子宅に移ったと電話が入り安堵した。同じ神戸でも西区は全く被害がなく、ガスも水道も電気も全てが平常のままだったとは、まさに天国と地獄を見るようだった。

阪神電車は青木(おうぎ)駅までしか行かず、阪神高速道路は飴で作った玩具のように壊れていた。ところが、この大惨事なのに梅田界隈はそれまでと全く変わらず、ここでも天国と地獄絵を想像させた。

あの頃の私は母の介護で疲れていただけではなく、高津高校の役員、東大阪市の2つの行政委員、読書会会長、河内の郷土文化サークルセンター理事・・・と多忙な年月だった。

しかし、この大惨事に何一つお役に立てなくて、土佐堀のYMCAへ駆けつけたもののボランティアは立ち切れになってしまい自己嫌悪に苦しむ日々でもあった。

あれから23年の月日が流れ、今朝5時半頃、目が覚めてラジオを聴きながら当時を思い出し、震災で大切な人を亡くされた方々の悲しみを想像していた。あれから必死に生き抜いてこられた日々であったろう。人は命ある限り最後まで生き抜かなくてはならないと強く思わされた。

母は翌1996年10月に70歳で、父も2000年8月に召された、75歳だった。

神戸の叔父は1999年7月に亡くなり、従弟は2011年2月に50歳で亡くなった。

2018年1月17日附記:
ここにあの日のことがが鮮明に記録されており、記憶力が乏しくなってきている今、知子と真智子に残したい記録ゆえに再掲載した。

posted by 優子 at 22:33| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

阪神・淡路大震災から23年 A ― ご遺族の寄贈により創設された神戸大学経済学部「白木賞」 ―

阪神・淡路大震災で神戸大学の学生39名が犠牲になった。そのひとり、白木健介さんは経済学部第二課程(夜間コース)2回生だった。
葬儀の後、御両親は大学に100万円寄贈された。大学はそのうち80万円を基金として「白木基金」を創設し、震災年度から経済学部の優秀卒業論文受賞者を表彰している。

私は震災後、数多くの犠牲者を出した神戸大の学生やボランティアに励む神戸大生のことを高津高校の連絡協議会(PTA)で耳にしていた。
その4年後に次女が神戸大学へ進学することになり、白木さん御夫妻の亡きご子息への想いがこめられた基金の恩恵に与ることになろうとは思いもしなかった。

私が「白木基金」のことを知ったのは、次女が優秀卒業論文賞(白木賞)で最優秀卒業論文賞を受賞したからだ。今も2002(平成14)年度に名前が記録され、最優秀卒業論文賞受賞者は太字で記され、論文をPDFファイルで読むことができる。

その時、白木さん御夫妻への感謝の気持ちをこめて、今後も基金が永く続いて行くことを願って些少ではあるが次女から大学に届けてもらい、後日、学長からお礼状をいただいたことを思い出したが、今改めて白木健介さんの御両親に慰めと感謝の気持ちが溢れる。

また、福音歌手(ゴスペルシンガー)の森祐理さん(かつてNHK教育テレビ『ゆかいなコンサート』の歌のお姉さんとして活躍)は、東灘区で下宿をしていた神戸大学法学部4回生(読売新聞に内定していた)の弟さんを震災で亡くしている。

2013年3月下旬、日本クリスチャン・ペンクラブ理事長の池田牧師が召天されたことをお伝えするために、国内外を忙しく動き回っておられる森祐理さんとメールのやり取りをしたことがあった。美しいのは声だけではなく、その文面から柔和で美しい心が滲み出ていた。

森さんは今朝午前5時から神戸市中央区の東遊園地で開催された「阪神淡路大震災1・17のつどい」で独唱された。

「弟の命が土台となり、天国への希望を届ける熱意となっていることを思うと、死は終わりでなく、地に撒かれた種として何倍もの実を結ぶものだと改めて思わされています」。

「20年の節目を迎え、この世での命が終わる日まで、弟の命の分までも託された使命を全うしていきたいと、決意を新たにしています」。


01yuri2b.jpg悲しみに耐えて生き抜いておられるご遺族の方々の上に、神の豊かな慰めと希望がありますように祈り、この悲しみが決して無駄になっていないことを信じます。

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」。
   
                  (ヨハネによる福音書12章24節)
posted by 優子 at 22:31| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

「ワシントンでニシンそば」と「Nさんの名言」と

Subject: にしんそば、めちゃくちゃ美味しかった!
ママ
今日は、マーティン・ルーサー・キング・デイでお休みやったから、
お昼に、にしんそばを作って食べました。
くまと説明を真剣に読んで、忠実に作ってみたら、
見た目も味も、すごく感動的だった。

IMG_0680.jpg思えば、にしんそばをちゃんと食べたのは初めてだった。
今までは、食べず嫌いだったと分かりました。
食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!

太志もすごく感動して、心から感謝しています。
嬉しくて、写真を添付しました。
本当に有難う!

おばあちゃんも好きやったんやね。
ママも食べたら好きかもよ。

他のものも、大切に、おいしくいただいています。
本当に有難う!

真智子

今日は昨日よりも4度も高く16度と3月下旬の暖かさだったので、生協さんの配達のあともNさんとペチャクチャペチャクチャ話していた。そして、Nさんが自動車のハンドルを握られた時、「そうそう」と思い出して感慨深く言われた。

「さっき長い信号待ちの交差点で待っている時、空を見上げたら綿のような雲がいくつか浮かんでてね、美しかったよ。よく見ると雲が動いていてね。
目を1ミリか2ミリ上に動かしただけで見えるものが違うんやね。見方をちょっと変えるだけで見え方が違ってくるんやね」。

と、人生の機微に触れる深いことを口にされた。
このような話をされるNさんは、いつも前向きで明るく、御本人の言葉を借りれば「バカ言って笑ってばっかり」しているが、Nさんの感慨に私の思いを返すと、自らの日常と、そして、私をも励ますかのように、目にうっすら涙をにじませられた。(Nさん、昨年末からスマホに挑戦中!)
1happa-tori1c.gifそして今、これを書きながら今朝届いた真智の言葉が思い起こされて、人生の味わいをさらに深めたことだった。
「同じに見えても、主が一緒だから、きっと同じじゃない」。

マチへ:
私も今週中に「にしんそば」に挑戦するね。
今度こそ食べようと思って年越しそばにと買っていたのに、未だ食べていない。アジサイ宅のkさんはおいしく召し上がってくださったかな。私も食べず嫌いを改めて4人でいただきます。


2018年1月21日20時50分追記:
IMG_0242.jpg「食べてみたら魚臭さもないし、大好きな棒鱈にも似てるし、本当に美味しかった!」

説得力がある真智の言葉に誘われて、ついに今夜食べたよ「にしんそば」!

あっという間の完食でした。おいしかったけれど、口の中でニシンの味が広がって、 嫌いではないけれど・・・って感じでした。真智たちの感動に合わせられなくてごめんね。

でも、サムサムさんはすぐにこんなコメントをくださったよ。
「わニシン関西新幹線の新大阪構内にあソバ屋ニシンていた。(笑)」

「阪神淡路大震災から23年」では、
神戸大学についてのことも懐かしく読ませていただきました。真智子さんは神戸大学経済学部の出身だったのですね。わたしは第二過程ですが、経営学部(37年卒業)でしたので…。授業が終わって校門を出ると、眼下に神戸の夜景が見えて、それは素晴らしかったですよ。」
とのコメントを届けてくださいました。  

それにしてもアメリカで京都の老舗のニシンそばを食べるのは乙なもの。おいしく食べてくれてありがとう!
posted by 優子 at 16:45| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

遠い夏の日

今年度の株主総会に向けて役員会に出席するために、今朝ユキを見送ってから夫と知子と3人で出社した。9時15分から1時間余り、今後の経営方針を話し合い確認し合った。

私は10時40分頃会社を後にし、長田の町を南に向かって近鉄沿線まで歩いた。独りで歩きたかった。

ここは、かつて結婚と同時に1999年4月初めまで22年間住んでいた地、住まいしていたマンションは会社から徒歩で5〜6分の所にある。マンションから小学校までの道は特に懐かしくて胸が熱くなった。ネジ工場はアパートに、ガソリンスタンドはコンビニに変わっていた。

IMG_0144.jpg娘たちが通っていた藤戸小学校の前で立ち止まり、体育をしている児童たちの中に、知子と真智子がいるような気がしてしばらく眺めていた。

本当にいるような気がしたが、それはもう遠い夏の日。真智はワシントンか・・・と肩を落とし、自らの年齢にも気づいてさみしく立ち去った。

第2寝屋川を渡り、御厨(みくりや)の旧村を抜けた。読書会の帰りに犬と目が合って吠えられ、自転車をぶつけそうになってしまった四つ角。その次は目を見ないように息を止めて必死で通り抜けたっけ。

私は犬が苦手だった。あの時、まさか私がチャッピーを飼うなんて思いもしなかった。

産業道路を渡り、お祈りしてくださっている千里さんにひと言お礼を申し上げたくてチャイムを鳴らしたら、千里さんは昨夜から体調を崩しておられた。あまりにもしんどうそうで、悲しくて目頭をにじませながら小阪駅に向かった。知子の選択結果だけを伝えた。

2人でよく立ち話していた場所に目をやり、大阪商業大学の正門前に来た時、東大阪の文化人の方々のことが思い出された。私の親世代の方たちだったから、多くの方々が姿を消されたことだろう。

私はこの土地で年を重ねて、千里さんと並んでシルバーカーを押しながらお喋りする光景を思い浮かべていたが、4月になれば奈良に移って20年目になる。それまでの22年間の4〜5倍の速さで過ぎてしまったように感じる。

小阪で昼食を摂り、ケーキを買って電車に乗った。

「主は強い者を立ち上がらせるのではなく、立ち上がる者を強くされるのです。自分は弱いといって逃げるなら、弱い者を強くされる主の力は体験できません」。アーメン!

IMG_0145.jpg
今朝も−3度と寒かったが、
日中は12度になり穏やかな冬日だった。

この地は不便だけれどのんびり野鳥を観察できるのがいい。
ハクセキレイ@.jpg
いつも道路を足早に歩くハクセキレイ。
4〜5羽いた中でこの子だけは逃げずにいてくれた。

ハクセキレイA.jpg
「ねえ、ちょっとだけ立ち止まって写させて?」

ハクセキレイB.jpg
「?」

ハクセキレイC.jpg
「これでいい?」

ハクセキレイF.jpg
「これはどう?」

ハクセキレイE.jpg
「前からもどうぞ。
三角のエプロンかわいいでしょ?」

ハクセキレイD.jpg
「もういいでしょ?」

ハクセキレイG.jpg
「じゃあ、またね」
「ありがとう! 自動車に轢かれないようにね!」

posted by 優子 at 21:41| 美濃紙業関係 | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

家の教会2018B ―「悔い改め」こそ神の祝福―

2018年1月14日(日)   (2018第3回 家の教会)

10時〜10時45

  出席者 3名(with良輔&ユキ)

@ 初めのお祈り   優子

A 主の祈り

B 子どもの讃美歌  「主イエスと共に」

               「おおしくあれ」

C 聖書輪読     ローマ人への手紙 2章1節〜11節

D お話       優子

E お祈り      1人ずつ

F 聖歌       498番「歌いつつ歩まん」

※ 知子はようやく体調が回復して、旧友(ファイザー時代の友)と

再会のため三ノ宮へ出かけた。

ローマ人への手紙 2章1節〜11節:

2:1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。
2:2 わたしたちは、神のさばきが、このような事を行う者どもの上に正しく下ることを、知っている。
2:3 ああ、このような事を行う者どもをさばきながら、しかも自ら同じことを行う人よ。あなたは、神のさばきをのがれうると思うのか。
2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。
2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。
2:6 神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる。
2:7 すなわち、一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ、
2:8 他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと激しい憤りとが加えられる。
2:9 悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、患難と苦悩とが与えられ、
2:10 善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。
2:11 なぜなら、神には、かたより見ることがないからである。

お話:
「悔い改め」について考えたく思いめぐらせていた時に、この箇所に導かれました。ここは異邦人の罪を裁くユダヤ人に、万人に罪があることを明らかにしているところです。そして、多くの試練や誘惑の中で善を行うことは至難であるが、主に導かれて励みなさいとのメッセージを受け取りました。

この箇所で黒崎幸吉は、「神は決して外面によって不公平に取り扱わず、名義上のキリスト者かどうかも神の前では問題ではない。キリスト者の形式や所属教会などは審判の前には意味はなく、神は人のうわべを見ず、彼を救うものはその信仰のみである」と教えています。

そして、「患難」は「外より来るもの」、「苦難」は「内心の状態」を意味し、「患難」の反対は「神より賜わる光栄と栄誉」で、「苦難」の反対は「平安」であると書いています。

「悔い改め」によく似た言葉に「懺悔」があります。共に「悔い」という字がありますが、意味は全く違います。「懺悔」とはただ悔いることであり、「悔い改め」とは文字通り「悔いて改める」ことです。

このほか「悔い改め」に似た言葉に「回心」があります。「回心」とは、今まで神さまに背を向けていた心を神さまの方向へ回すという意味です。

イエス・キリストに出会って「回心した」と言ったりしますが、今改めて思いますのは、回心は悔い改めとは違います。

人が最初に神さまを求める時、悩みや不幸に悶えての求道であり、罪の意識はないからです。かのルターでさえそうでしたから一般化しても良いと思います。

私は母の患難と不条理の人生に、なぜ非道なほどに他者を傷つけて生きる人が平坦な道を行くのかという苦悩から主イエス・キリストと個人的な出会いをしましたが、そのときはまだ聖書が言う「罪」には目覚めていませんでした。

たとえば、誰かを傷つけてしまったという罪意識から求道に入ったと言えども、そのことで悩んでいるということからの求道であり、やはり罪から求道していなくて、「罪の悔い改めが登場しないで信仰生活が始まる」と言った北森嘉蔵の説教を思い起こします。

「悔い改め」というのは罪の問題であり、造り変えられなければならず、改める力は神さまから来ます。人間の努力では決して悔い改めることはできないのです。

しかし、回心によって神さまの光に照らされて自分の罪がわかって来る、それが聖書の言う「罪」なのです。

今はまだ悔い改めに至らなくても、回心であれ、懺悔であれ、人生のスタートラインに立たせていただいた者は、家庭で、職場で、あらゆるところにおける他者との関わりにおいて、必ずや周囲の人々に気づきや影響を与える生き方ができるのだと思います。

主イエス・キリストに導かれていく時に悔い改めを経験させていただくことを思いますと、神の祝福とは「悔い改め」にほかならないと気づかされました。

ハートマークにバンソコウ.jpg新しい一週間が始まりました。命ある限り、常に新しい気持ちにされて生かされていくのは何という恵みでしょうか。今週も主に在って善き日々を重ねて生きたいと思います。

最後に昨日届いた「キリストの栄光教会」のみことばを励ましの言葉として贈ります。

「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように」。 
                     (ロマ書15章13節)
あなたの神は希望の神です。どんな状況からでも、主は道を開いてくださいます。ただ、あなたが堅く信仰に立つことを願っておられます。小さな信仰でもいいのです。要は、信仰を働かせることです。からし種ほどの信仰があれば、主が山を動かされます。
posted by 優子 at 14:09| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

家の教会2018A ―神による絶対的平安を得て始む―

これは1月7日(日)の記事です。
↓ ヒヨドリ
ヒヨドリ.jpg2018年1月7日(日)              
   (2018第2回 家の教会)

11時〜11時30

  出席者 4

(all member)


奏楽:知子

@ 初めのお祈り   優子

A 主の祈り     一同

B 子どもの讃美歌  82番「おおしくあれ」

C 聖書輪読     列王記上17章1節〜9節

D お話       優子

E お祈り      1人ずつ

F 讃美歌      312番「いつくしみふかき」


列王記上 17章1節〜9節:
17:1 ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。
17:2 主の言葉がエリヤに臨んだ、
17:3 「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。
17:4 そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。
17:5 エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。
17:6 すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。
17:7 しかし国に雨がなかったので、しばらくしてその川はかれた。
17:8 その時、主の言葉が彼に臨んで言った、
17:9 「立ってシドンに属するザレパテへ行って、そこに住みなさい。わたしはそのところのやもめ女に命じてあなたを養わせよう」。

お話:
真智と太志君がアメリカへ帰ってしまってさみしいですが、共に話し合った時に真智が語っていた、神さまが朝夕にカラスにパンと肉を運ばせてエリヤを養われた箇所を開きました。

今年からはユキが集中できるように、礼拝は30分間順守のチャレンジを受けていますから、立てられた者の思いと心を導いて、聴いてくれるユキたちの役に立てるようにお話しさせてくださいと、なお一層に祈りつつ励みます。

それゆえに今後は今まで以上に要点を圧縮して語ることになりますから、良輔さんは今まで以上にブログを必読してくださいね。

今回は時間がなくて礼拝の準備ができなかったのですが、この箇所の内容はわかりやすいので解説を省略してエッセンスだけをお話しします。

旧約聖書にはイザヤ、エレミヤ、エゼキエル・・・など多くの預言者が出てきます。エリヤは紀元前9世紀に北イスラエル王国で活躍した預言者で、イスラエルの歴史上最悪のアハブ王の時に立てられた預言者です。

アハブ王はバアル崇拝をしていました。アハブ王をバアル信仰へと導いたのは妻のイゼベルです。
バアルは農耕・豊穣の神であり、日本にもあまたある偶像崇拝のご利益信仰です。偶像崇拝は人間が作り出した人間の思いどおりになるカミです。

モーセは律法の代表であり、エリヤは預言者の代表と考えられている預言者ですが、エリヤは決して特別な人ではなく私たちと同じ人間だったことに励まされます。

ヤコブの手紙5章17・18節にはこうあります。
「エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈りをささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。 それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた」。

私たちが今読んでいるところです。
エリヤには神への強烈な信頼がありました。それゆえに義人の祈りには大いなる力があり、このことを通して主なる神こそが唯一絶対なる神であることをイスラエルに明確にされたのです。

「義人の祈りは、大いに力があり、効果のあるものである」。
               (ヤコブの手紙5章16節)
ところで、カラスが食べ物を朝夕運んでくるなど常識では考えられないし、しかも旧約聖書(レビ記)には、カラスは汚れたものとされていますから、エリヤの気持ちを考えると非常に辛いものがあり大きなチャレンジだったのではないかと思います。

エリヤはカラスに養われることに悩んだり疑問に思わずに従ったのかも知れませんが、人間エリヤにとっては大きな試練だったと思うのです。

でもエリヤは神さまの言葉を第一としたのです。大変な試練の中にあっても神さまに従うとき、主の平安があります。エリヤには絶対的な平安があったことだけは確かです。

私たちは試練が続き厳しい日々を耐え続けねばならないとき、主に在って(信仰者)でさえ、時にうな垂れてしまうことがあります。しかし、そのたびに神さまの御心に委ねるのです。委ねさせてくださるのですね。

川の水が枯れて、今度は「やもめ女」に養われるというのもそうだと思います。当時の社会ではやもめの女性はとても虐げられていたということですから、エリヤにとっては試練であり、訓練のときだった思います。

私たちの人生途上において万事休すになって神さまを求めるしかない情況があります。その時に神さまの胸に飛び込んでいく者は幸いです。どんなに追い詰められて困っても、ついに真の神さまと出会わないで生涯を終える人もたくさんいるからです。

私たちは神さまの導きを求めて従い、神さまの業を体験させていただきたいと思います。そのためにはまず主の訓練を通して自分の無力さを嫌というほど知り、その時に初めて「私には主イエス・キリストが必要です」と祈ることができるのだと思います。

マタイによる福音書6章33節の 「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」とは、神さまが私たち一人ひとりに関わっておられることがわかった時に、初めて神を第一にできるのだと強く感じました。

頑なだった心を開くと、すべてに先立って主の平安が来るということが、夫の様子からも目に見えるようにわかります。主は必ず私たちひとりひとりに語って下さいます。

神さまはカラスを用いてでも愛する者を必ず助けてくださることを忘れないで、今年も大いにチャレンジしましょう! 共に人生を分かち合い励まし合いながら。このこともクリスチャンにとっては必須です。そこに神さまが豊かに働いてくださるからです。
以上のようなことを話しました。

まち、ふー、またね.jpg前途多難な私たち家族に神さまが一筋の光を射しいれてくださいました。良輔は初めて主の平安を体験しているようです。「どちらの場合でも受け入れる」と穏やかに信仰告白し、新たなる出発を始めました。

背後で祈ってくださっていた方々、そして、真智子と太志君に心から感謝し、私たち以上の祝福がありますように主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。

アメリカンロビン.jpg「真智、もう元気回復した?」
真智、太志君   

これは、真智たちの家の周囲にいるアメリカンロビン。

posted by 優子 at 17:53| 家の教会 | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

次女夫婦との8日間は夢のよう

かつて次女夫婦が5年間滞在していたミネソタでは大晦日に氷点下43度を記録した。マイナス40度まで耐えられる防寒着を着用していたが、それでさえ危うい寒さである。

そして2011年に転居したワシントンD.C.も関西よりもはるかに寒く、今冬はマイナス20度に耐えられる防寒着を着ていた。私たちが着用しているのと同じ軽量だった。

お正月にはD.C.でも観測史上最低気温を更新。「日本に来てよかった」と言っていたが、15日間の滞在を終えて昨夕再びD.C.に向かって飛び立った。今もマイナス12度の世界だ。

今朝5時半頃に無事D.C.に着いたとのメールには、「眠れたけど疲れた。頑張って帰ります。みんなゆっくり休んでね。」と書いてあった。この時すでに真智はかなり体調が悪かったようで、着陸時に酔って、飛行機を降りた後に乗らないといけないバスの中で戻してしまって「謝って帰ってきた」とのこと。

そのあとも入国審査がすごく混んでいて、「遠いお客さんがいていつもの2倍以上かかった」そうだ。次女夫婦は国際公務員専用のパスポート「laissez-passer:レセパッサ」だから特別ゲートゆえに時間はかからないのではと思っていたが、米国に入るときは一般のゲートを通るほうが早いとも言っていたからそちらに行ったのだろうか。

往路ビジネスクラスなので体を水平にして眠られるので安心していたが、今朝目覚めたときに知子から「真智が空港で吐いた」と聞いて心配でならなかった。

とにかく長時間しんどかったであろう。我が家を出てD.C.の家に着いたのが今朝の8時半だったから、ちょうど24時間かかったことになる。考えただけで疲れてしまう。

今回の帰国滞在中も多忙な日々だった上に睡眠不足が続き、毎晩午前1時前後まで家族全員で話し込んでいた。電話もスカイプもありがたいが、やはり実際に会って話せることの素晴らしさをしみじみ味わった。

3日の昼下がりだったと思うが、私は一瞬、目の前が真っ白になって後ろへ倒れてしまった。あのとき夫が受け止めてくれなかったら後頭部をテーブルの角で打って大変なことになっていたかもしれない。血圧も高くなっていたであろうから、脳内で小さな脳梗塞を起こしたのかもしれないが、今も後遺症もないのが実は不思議でならないと思っている。

その夜、私は10時間近く眠ったので今朝はすっかり元気になって目覚めた。11時から「家の教会」で礼拝を守った。4人揃っての礼拝は何か月ぶりのことであろうか。

元旦礼拝は真智の奏楽で、今日は知子の奏楽で讃美した。神さまはどんなに喜んでくださったことであろうか。神さまの視線を感じ、感謝が溢れた。そして礼拝のあと、私は夫とユキと3人で高島屋へ行ったほど元気回復している。ユキの服を買いに行くのも3年ぶりか?

次女たちはいつもならば時差ボケを短期間で直すために、アメリカへ帰った翌日から出社していたが、今回は3日間休暇を取っているとのことで安心している。出発前も60時間も残業していたという。

3月には太志君のミッション(海外出張)があり、研究職関係の部署にいる真智子も久々のミッションが入っている。健康が守られますように祈るばかりだ。

【滞在中の記録】

テレビ設定中.jpg
12月28日:次女夫婦夕刻6時頃帰宅。その夜からマチ発熱。
12月30日
太志君は頼もしい便利屋さん。42インチ(?)のテレビを取り付けてくれ、スマホで設定してくれた(テレビは夫が紙メーカーの会合でいただいた一等の賞品)。こんな時もユキはゲーム。今や「ゲーム障害」か?!

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1月1日の夜

IMG_2077.jpg1月2日:神戸の叔母宅へお年始に。12月30日朝から元旦夜まで独り旅に出ていた知子は休養のため残る。

1月3日Machi was sad and cried in a parking.)
真智、美容院へ行くが年始は4日から。

1月4日、再び美容院へ。行く前に私とユキも一緒に良輔の運転でドラッグストアとケーキ屋さんへ。

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1月4日18時:何してるの?

IMG_9950.jpg1月5日:帰る準備。種々の海藻食品やお正月食品の昆布巻など税関を通る時のメモを取っている太志君。
事務的なことは何でも優しいハズバンドがやってくれる。


IMG_0657.jpg
ユキの相手もありがとう。

IMG_9947.jpg

真智のコンタクト用品が置いてあった洗面所も
2人が居た時の光景も嘘のよう。

IMG_9948.jpg

1月3日〜5日まで毎晩夜遅くまで語り合った。

私は夫に、「太志君、すごいなぁ。私は2人に大きな遅れを取ってしまったわ」と言うと、「本当にすごいなぁ。その太志君の信仰を支えるマチはすごいなあ」と良輔が言った。
良輔に大きな変化を感じている。ありがとう、真智、太志君。

以下は今朝10時15分に着信した太志君からのメール。
良輔お義父さん、優子お義母さん、知子お義姉さん

こちら6日の夜6時半頃に無事に帰宅して、落ち着いたところです。空港が混んでいたり、共有タクシーで別のお客さんを先に降ろすことで遠回りしたので、着陸から3時間くらいかかってしまいました。真智の乗り物酔いも、もう大丈夫です。
        (略)
これからのこと、どのようになっていくにしても、主が一緒です。僕たちもその信仰を持って頑張ります。

今回の滞在も本当に良くしていただいて、心から感謝しています。滞在中、色々なことへの感謝を伝えきれていないように思っています。

日本の美味しいものを、といつも心を砕いて考えてくださって、優しいお気持ちがとても嬉しかったです。おせちとお雑煮、大きなタラバガニ、美味しい茶碗蒸しなどたくさんいただき、すべて言い尽くせませんが、本当にありがとうございました。準備だけでなく洗い物も多くなっていて恐縮でしたが、とても感謝しています。

       (略)

荷ほどきも済ませましたが、いつもたくさん持たせてくださって有難うございます。真智と大切にいただきたいと思います。

ユキちゃんとの楽しい時間もとても嬉しかったです。「ポケモンのウルトラホール、楽しかったよ!ありがとう!またいろんなことをして遊ぼうね!宿題も一緒にできて嬉しかったよ。」とお伝えいただければ嬉しいです。

皆さん、お疲れになったと思いますので、連休で良い休みが取れますように。皆さんのこといつも覚えて、心身共に支えられますよう、お祈りしています。

僕たちも、初出社は1月10日(水)なので、しっかり休んで、ゆっくり過ごそうと思います。

太志
どうやっても「blockquote」がうまくいかない。

ユキの初蹴り2018.jpg真智たちを見送ったあと、ユキをサッカー教室へ送った。
2018年、ユキの初蹴りだ!

「フー、楽しかった、ありがとう。
ユキは昨日土曜日に遊んで、友だちのゲーム機で、ユキのサンムーンでのグラードンをウルトラムーンに送ったので、レックーザをゲットできるかも知れないから、またフーが今度来た時にゲットしよう。けどユキが先にゲットしてしまうかもしれない。
フーとまち、元気でね、ユキも頑張るね」。

posted by 優子 at 22:19| 真智子(ワシントン便り) | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

家の教会2018@ ―それぞれにいただいた神さまのメッセージを分かち合う―

IMG_9927.jpgこれは1月1日の記事です。
2018年1月1日(月)              (2018第1回 家の教会)

13時10分〜14時25

  出席者 5

(with ユキ・良輔・真智子・太志)

奏楽:真智子

@ 讃美歌   132番「ああ主の瞳」

A 分かち合い  

新しい年を生きていく上で励ましになればとの思いから、昨年一番心に残っている聖書個所と経験を1人ずつ分かち合う。

聖書個所は2節ずつ輪読。

B お祈り         1人ずつ

C 子どもの讃美歌  「雄々しくあれ」

ゆっくりおあがり.jpg


真智子:

マタイによる福音書 25章14節〜30節:

25:14 また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。

25:15 すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。

25:16 五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。

25:17 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。

25:18 しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。

25:19 だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。

25:20 すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。

25:21 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

25:22 二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。

25:23 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

25:24 一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。

25:25 そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。

25:26 すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。

25:27 それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。

25:28 さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。

25:29 おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

25:30 この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。


去年何度も思い出したのがこの箇所です。この箇所で語られるのは、神さまから預けられたタラントを管理し精一杯運用せよということですが、私は1タラント渡された人の気持ちをよく思いました。


1タラントを預かった人は神さまが善いお方だと信頼できなかったから、良かれと思ってやっても悪い結果になるかもしれないし、失敗したら取返しがつかないし、何をするのも怖かったのではないかと思います。


でも、きっと神さまは、「自分らしくやってごらんよ。失敗しても私が一緒に行くから。」と言ってくださっていると思います。そして、一生懸命心を尽くして生きる中でこそ、主がチャレンジも励ましも与えてくださり、私の人格を練り、私を造りかえて下さると思います。


そう思うと、生きてみよう、と思います。1タラントを預かった人のように怖がってしまわず、主を信頼して、思いっきり生きたらいいんだと思います。この一年も、主が一緒だから、大いにチャレンジしていこうと思います。


太志:

詩篇51篇:

51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、
わたしをあわれみ、
あなたの豊かなあわれみによって、
わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、
わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。
わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、
あなたの前に悪い事を行いました。
それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、
あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。
わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。
それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、
わたしは清くなるでしょう。
わたしを洗ってください、
わたしは雪よりも白くなるでしょう
51:8 わたしに喜びと楽しみとを満たし、
あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
51:9 み顔をわたしの罪から隠し、
わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、
わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
51:11 わたしをみ前から捨てないでください。
あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、
自由の霊をもって、わたしをささえてください。
51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者に
あなたの道を教え、
罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。
51:14 神よ、わが救の神よ、
血を流した罪からわたしを助け出してください。
わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
51:15 主よ、わたしのくちびるを開いてください。
わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。
51:16 あなたはいけにえを好まれません。
たといわたしが燔祭をささげても
あなたは喜ばれないでしょう。
51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。
神よ、あなたは砕けた悔いた心を
かろしめられません。
51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、
エルサレムの城壁を築きなおしてください。
51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、
全き燔祭とを喜ばれるでしょう。
その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。


共に研究しているメンバーの一人が異なる信仰をもっていたのですが、仕事と信仰は別のものであるし、彼の信仰を尊重しつつやっていこうと思ってやってきました。


しかし、最近になって、彼が彼の信仰する宗教の名前がついた職場に移ると聞き、そうなると論文ができあがったときに、彼の所属は彼の宗教名がつくのに対し、自分の所属は信仰とは無関係であるため、自分自身も彼の宗教を信仰しているかのように見えてしまう、ということが気になってきました


最初は、相手を尊重することを思い、むしろ主に信頼するのならば、それでもいいと思いました。しかし真智と話していて、相手の信仰がどうのこうのではなく、自分がクリスチャンであるというアイデンティティーが脅かされるように感じていることに気づいたので、論文の共著を辞めようと思いました。そして、辞めることをしっかりと相手に話してわかってもらおうと思いました。


この決意をしたにも関わらず、翌朝、なぜか気持ちが暗いままでしたので、真智に促されて共に祈りました。


祈って気づいたことは、最初に「それでもいい」と思ったのは、主に信頼してというよりも、人間関係を穏便に済まそうという動機が第一になってしまっていた、ということでした。


相手の信仰は尊重していましたが、自らの信仰を尊重できていなかったように思いました。自分の信仰を犠牲にして、言いにくいことを言わないで済まそうとしてしまっていたのだと気付きました。


2度目の祈りの時に「僕は神さまを裏切った」という言葉が出てきて涙し、主を裏切ったユダの心境を経験しました。その時に出てきたのが詩篇51篇で、特に7節、ダビデの強い信仰を思いました。


罪を認めたときはとても辛いですが、悔い改めたら神さまは赦してくださるというダビデの強い信仰、ダビデのように祈れる強い信仰を与えてくださいと祈りました。


神さまは、概念的な存在ではなく、人格があり、「ごめんなさい」と言う相手だと感じました。


ユキ:
かわいいね.jpgぼくはぼくの一番好きな讃美歌を言います。それは「おおしくあれ」で、気持ちが晴れるから好きです。

優子:
私は年賀状に引用したロマ書8章28節です。
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」

今や長い年月続いている苦闘に倒れそうになっているので、これまで主イエスに導かれてきたゆえの恵みの体験を思い起こして、新しい年を出発したいと思っています。神さまの御心であれば必ず成就させてくださるという信仰を握って。

良輔:
ブルンナーで学んだエペソ人への手紙1章3節〜6節、
「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。これは、その愛する御子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるためである」。

自分にもそのような非人間的な思いがあったので神に願っていこうと思います。そして努力していかねばならないと感じました。
posted by 優子 at 15:55| 家の教会 | 更新情報をチェックする

スーパームーン

1月2日夕刻、舞子公園(明石海峡)から撮ったスーパームーン 。勿論、私が撮ったのではなく撮影者は私の従妹の伴侶だ。

スーパームーン@.jpg


スーパームーンA.jpg


スーパームーンC.jpg


Bスーパームーン.jpg

その翌日に送っていただいたこれらの写真も、伴侶氏のホームページ『パチパチ日和』に多数の傑作と共に公開されている。

彼の写真は趣味の域を越え、これまで応募したコンテストの賞金額が200万円になることからもわかる。1月2日、お年始に行った神戸の叔母宅でご馳走をいただき、ビンゴゲームで盛り上がったあと、スーパームーンを撮りに明石海峡へ行かれた。

Dスーパームーン.jpg

スーパームーンなんて初耳の私は「おばあちゃん、スーパームーン知らんの?」とユキに言われてびっくり。ユキは担任の先生から聞いていた。

スーパームーン(Supermoon) とは、「満月または新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なることにより、地球から見た月の円盤が最大に見える月」のことだった。

写真は写す人の感動が観る人の心を惹きつけるのであり、文筆もまた自分の問題意識や伝えたいことがなければ退屈な文章でしかない。
ゆえに私は現状に呑み込まれないように、神の恵みの中で真理への探究心を燃え上がらせて分かち合いたいことを綴っていきたいと思う。

夫と知子は今日が初出。次女夫婦は明日の8時40分の電車で発ち、夕方の便で成田空港から母国を離れる。

posted by 優子 at 12:38| 随想 | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

主の2018年開幕!

主の2018年、明けましておめでとうございます。

2018年賀状.jpg

今年の年賀状です。主語と述語が一致しない文章を書いてしまい加筆しなければなりませんでした。

今年は次女夫婦と共に新年を迎えました。5年ぶりのことです。長女は年末30日から一人旅に出かけ今夜帰宅します。

12月22日に帰国した次女夫婦は、東京滞在中に友人を誘って横浜の教会でクリスマス礼拝に集い、IMFの東京事務所や一橋大学に知人を訪ねるなど、幸いな時を過ごして29日の夕刻に帰宅しました。

ところが、その夜から次女が熱でダウンし心配しましたが、今朝は完全に元気回復し、神さまに感謝しました。

大みそかは略式ながらおせち料理、黒豆とトラ豆の煮豆、サゴシの生鮨(きずし)など作りましたが、次女夫婦との時を優先してIMFでの写真を見ながら話に聞き入り中断したりで、日常の掃除すらできないまま新年を迎えました。

昨夜は夫も交えて4人で大笑いしながら紅白歌合戦を観ました。本当に楽しかった!!! 

今年はどのような年になるでしょうか。国内外ますます多難な時代になり、私の人生においても依然として長いトンネルの中にありますが、年賀状に掲げた御言葉を握って乱心しないように一歩一歩進んでまいりたいと思います。

元旦の今朝は食卓で1人ずつ祈りを捧げてシャンメリーで乾杯し、午後は真智(次女)が導き手となって元旦礼拝を捧げました。「家の教会2018」の第一回に記したいと思います。

今年も『メメントドミニ』を訪ねてくだされば嬉しいです。
これをお読みくださっている方の上に、神のお支えとお導きがありますようにお祈りします。

追記:21時7分、知子帰宅。
posted by 優子 at 21:01| 我が心の旅路 | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

2017年のエンディングはクリスマスにかかった大きな虹

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「わたし(神)は雲の中に、にじを置く。
これがわたしと地との間の契約のしるしとなる」。
  (創世記9章13節)

クリスマスの日の夕方、小雨降る東大阪の空に大きな虹がかかり、女性社員に呼ばれて知子も窓際へ走りました。

大きな虹。
実際はこれよりも、もっともっと太く鮮やかに、しかも2つ並んで大きな弧を描いていたそうです。

その夜この話を聞いた瞬間に、私は神さまが知子の長年の労苦への労いと祝福を届けてくださったと思いました。

「あの虹は本当にわたしも神の祝福の印だと思いました。クリスマスの日に小雨のなか見えた巨大な太い虹。写真には写らなかったけど、窓一面でみんな歓声をあげて撮影していました」。

私は美濃紙業の社員皆が、神さまの祝福のもとに置かれて希望を与えられていると受け止めました。そして、知子自身の心にも大きな虹をかけてくださったことを信じます。
報いられなかった努力や愛も神さまは一つたりとも無駄にはなさいません。新たなる気づきをいただいて進んで行くときに、それらを喜びに変えてくださるのだと思います。

大きな虹がかかった!.jpg

「主よ。
何と幸いなことでしょう。
あなたに、戒められ、
あなたのみおしえを教えられる、その人は。
わざわいの日に、あなたがその人に
平安を賜わるからです」。
                      (詩篇94篇12・13節)

22日に帰国した次女夫婦はクリスマスの朝、友人を誘って横浜の教会でクリスマス礼拝に集い、東京での6日間の予定を終えて28日の17時頃に帰宅しました。

次女はお喋りしずぎて喉を傷めてしまったと言っていましたが、案の定今日の午後高熱でダウン。昨夜も夜遅くまで話につき合わせて悪いことをしました。

インフルエンザでなければいいのですが順調に治りますように。1週間後には再びアメリカまで帰らねばならないのですから。

「主は今に至るまでわれわれを助けられた」。
                           (サムエル記上 7章12節)

今年もいろんなことがありましたが、欠けの多い者でありますのに今も祈らせてくださり、共に歩んでくださったことを主イエスさまに感謝します。
どなたさまもみな新しい気持ちで新年をお迎えになられますように。

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では最後にユキが撮った今日のメジロの19秒間のビデオをご覧ください。


12月31日16時37分追記:サムサムさんコメント感謝!
ブログとメールを通してたくさんの安らぎや喜び、そして励ましをいただきました2017年が終わるのいよいよあと数時間ですね。ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ああ、そうだ! 今年最後のブログも楽しく読ませていただきましたよ。クリスマスにかかった虹ほんとに綺麗ですね。「みんなが歓声をあげて撮影していました」とありましたが、その光景が目に浮かぶようです。

それから、メジロがミカンを食べているユキ君の動画もよく撮れていましたね。楽しかったですよ。感謝して!

posted by 優子 at 21:15| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

ユキの鳥観察記録

27日午前、ついに来た! 
ついに来た!.jpg

シロハラ.jpg
シロハラ
食べている所を撮ろうとしたら逃げられた。

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窓越しなので残念。
連日あまりの寒さで窓を開けられない。

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このあと随時更新、乞うご期待!

いよいよ真智たちが帰ってくるというのに宿題が未完了。あと漢字が30行とプリント少々とか。今も鳥の番ばかりしている。「あっ、今度はヒヨドリが来た!」

posted by 優子 at 08:16| 知子(ユキの成長) | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

ブルンナー読書会O −選び―

これは12月23日(土)の記事です。

IMG_9807.jpg次女夫婦は「ブルンナー読書会」もまた、この記事を通して参加させていただいている気持ちであると反響を寄せてくれている。記者にとっては大きな喜びであり励ましだ。

それだけではなく、「ブルンナーのメッセージは、心に響く部分が多く、多くの気付きや励ましをいただいて」おり、「手元に持ち、じっくりと読みたいという思いが強くなりました。」ということで、『フラウミュンスター説教集』のTとUをアメリカへ持ち帰りたいとのこと。

anime-tree1c.gifかろうじてお手持ちの分があったので分けていただき、この日お願いしたとおり翻訳者である下村さんのサインもいただいてお持ちくださった。感謝!

今日はエーミル・ブルンナー著『フラウミュンスター説教集T』の5回目、説教のタイトルは「選び」。
13時45分〜15時25分。讃美歌121番、聖書輪読、お祈り(下村さん)。

エペソ人への手紙1章3節〜6節:
1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、
1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
1:6 これは、その愛する御子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるためである。
いつものように最初に一人ずつ感想やわからなかったところを発表して意見交換した。
下村さんのご解説より:
「エペソ人への手紙」の冒頭でパウロは、天地創造以前に起こった「選び」について語っており、このテーマは「予定(Prädestinations)」という呼称で知られている。これはカルヴァンの思想で「決定論」とも言う。

ギリシャ思想では「運命」と言われ、定められてあり動かせない。(ギリシャ悲劇のオイディプスのように)

マルクス的社会主義を私は歴史的唯物論、唯物的歴史理論と訳している。マルクスは、資本主義は持てる者は持ち、労働者は搾取されるので行き詰まり資本主義から共産主義へ、あるいは社会主義になると言っている。人間の生も全くそれと同じで自然法則に従って生起する。いかなるものも自由ではなく、一切は運命であると

ブルンナーの時代はマルクスの歴史理論が生きていたが、その後、アメリカの自由主義と共産主義の闘いの中でベルリン危機やキューバ危機があったが、資本主義が社会主義を取り入れて修正資本主義になったので革命は起こらなくなった。

また、人間は父と母の遺伝素質の結合によって一切は予(あらかじ)め予定されていると考える。確かに肉体的にはある程度の遺伝素質はあるが決定されるものではない。

「この学説は今日すべての人間を襲い、『自分は、自分には全く力の及ばない、全く発言権のないさまざまな力に玩(もてあそ)ばれるボールにすぎない」という感情を与えています」。

しかし、神は私たちに自由と決断を与え、その責任を求めておられ、それが人格であり、最初から運命として必然的であるならば人格にならない。

もし神に人生が決められていたらどうでしょうか?(と問われて、思いを交わした)

マックス・ヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でこう言っている。
予定説(カルヴィニズム)がヨーロッパで力を持っていたので人々は不安になっていた時、人々は選ばれていることを自分の身で確信しようと一生懸命働いた。すると資本が貯まってきた。

ドイツ語で「職業」のことを " Beruf "(ベルーフ)と言う。" Beruf "にはルターの概念(英語の”calling" :天職や召命)もあるが、今は職業の意味になっている。

そして聖書までもが、予定の教理を付け加え、運命論から救ってくれないどころか神によって予め予定されているのだという。

ブルンナーは「あらかじめの予定」は聖書的ではないと言った。神の恵みのほうから考えないと予定に外れるという考えになってしまう。

「もし何においても私が行い、私が成し遂げ、私が達成することによって事が決まるのであれば、確かに私の将来の見通しは決して好ましいものではありません」。
これは信仰者の立場から言っているのであり、信仰者でなければ、「何においても私が行い、私が成し遂げ、私が達成することによって事が決まる」となる。

「もし一切のことが私にかかっているのであれば、もちろん私には神も救い主も必要ではありますまい」。
しかし、「われわれの生はわれわれ自身の手よりももっと良き手の内にあります」。ここでは「天上からの霊のもろもろの祝福」と呼んでおり、「この天上からの祝福は、ただ一つの言葉、すなわちキリストという一つの名前の中に包括されている」。

P53 L10〜19は大切なところ。
われわれ人間は、どの時代においても、そして特に現代は、ともすれば「われわれは自分自身の能力で、正しくて完全な、人間的な人間でありうる。もし障害さえなければ、それはきっと可能である」と考えがちです。

さしあたり、われわれは神なしには決して真の人間ではありえないとは少しも思いません。われわれは、すでに自己のうちに真の人間になりうる資質を持っていると考えます。

しかし実際は、われわれが神から自由独立の存在であると妄想すればするほど、ますます確実にわれわれは退化し、非人間的なものに変質してしまいます。このことが今日、かつてなかったほどに大規模に進行しているのを目にします。

人間の社会が、そしてその社会の中で基準になるものや、国家と文化を支配しているものが、かつてなかったほどに国民全体、国家全体の規模で神から完全に離反してしまったところでは、過去の歴史の中で類を見ない非人間化が現出しています。

人間が一歩一歩神から離れるにしたがって非人間性が蔓延し、真に人間的なるものが生から消滅してしまいます。
この認識は、イエス・キリストをとおしてわれわれに与えられる最初のものです。
(この最初のところは)これはギリシャ思想、ルネサンス、またゲーテなどドイツ理想主義の考え方である。例えば小さなアサガオの種から芽が出て花が咲くように、人間の生まれながらの資質を偏りなく阻害しないで成長させればあるべき人間の知情意の姿になると、ヒューマニズムの考え方をもとに書いている。

ソクラテスは「教育は産婆術」だと言った。人間は人間の生まれながらの力で成長し、その延長線上に形成していき、教育は助産師(産婆さん)のように手助けするだけだと考える。これはヒューマニズムの人間観である。

キリストの人間観は、人間は神の形にかたどられて造られ、神の語りかけに答える存在として、愛と信頼に答える者として造られた。神と出会って、神と対話しながら人間が人間になっていくことを可能にする

人間の罪を知り十字架によって自己否定をくぐり抜けて人間になる。そして他者のためにも生きるという転換が生じる。そこで初めてあるべき人間になる

人間はヒューマニズムによって生きる力や判断力を失われてしまっている。人間の存在を支える堅固な精神的なものは何もない。善悪の判断基準もなく、政治を導く理念もなく、これらが蔓延している。かろうじてメルケル首相が法の自由と人間の尊厳を大切にしている。

聖書は神との命のつながりからの災いに満ちた離反を罪と呼び、この罪はさながら悪性腫瘍のようにわれわれすべての内に巣くっている。イエス・キリストは悪性腫瘍を切除する医者として介入され、神との新たなる結合を受け入れるやいなや、神と再び結合されたのである。

▼ 神は立てたプランに従って天地を造られました。このプランの中には、神が全く特別な仕方でご自身を分かち与えようとされる対象、また分かち与えることができる対象としての人間が記入されています。

なぜなら神の愛を認識できる存在のみが神の愛に応えて愛し返すことができるからです。しかし彼は単に一般としての人間を記入されたのではなく、むしろ彼が創造される人間ひとりびとりを記入されました。

▼ (神の眼前に立つとき)われわれは、神の永遠のプランの中にあって、今あるような罪深い、弱い、破れた、死の手中にある人間として神の前に立つのではなく、神の永遠の御子であるイエス・キリストの形と似姿をもつ人間として立つのです。

贖われた人間として立つことも大切かと思う。信仰義認とは、神に求める「義」ではなく、神が人間に与える「義」である。

▼ 選ばれているということは「決定されている」ことを意味するのではありません。もしそうなら、われわれは協力することも反抗することもできず、神の意のまま動かされる将棋の駒にすぎないでしょう。

選ばれているということは、神の子イエス・キリストにおいて永遠の昔から神によって愛されているということです。

 二重の予定と呼ばれるあの恐ろしい教理については聖書は何も語っていません。それは恐るべき誤解です。神を冒涜する誤解であると言いたいくらいです。

カルヴァンが言ったように、神は永遠の昔から二種類の人間を創造された、すなわち永遠の生命に至る人間と永遠の滅びに至る人間とを創造された、とわれわれは決して考えてはなりません。生命の道と滅びの道とが存在します

▼ イエス・キリストの道を歩む者は、「永遠の昔から選ばれている」という声を聞くことが許されます。そしてこの道は、われわれすべてに開かれています。誰ひとり締め出されてはいません。招待状はすべての人に発送されています

そしてこの招待状は一つの決定をも意味しています。しかも厳粛な決定、そうです、唯一全く厳粛な決定、生命へ至る道への決定です。それゆえに死と滅びに至る道からの訣別の決定です

▼ あなたは自分の道を行くためではなくイエスの道を行くために、従ってあなた自身の意志を行うためではなく、イエスに聞き従うためにイエスによって選ばれています。

あなたは、永遠の昔から神によって愛されている人間として、またこのように神の愛を与えられているゆえにあなた自身が愛の人間になることを神に期待されている人間として生きることが許されているのであり、また生きなければなりません。

▼ われわれの力のかぎりこの神の命令に従うこと、それはとりもなおさず、イエスがわれわれのために用意される道に立って歩むということです。

anime_kid02.gif「選び」については私の中でも曖昧な点だったので、疑問が解けてスッキリした。そして、この章で私の心に深く届いたメッセージは、最後のオレンジ色で示した箇所だ。目頭を潤ませながら受容しながら読んだ。
「アーメン! 主よ、感謝します」。
そして、ブルンナーと下村さんに感謝します!

この日ユキは同室で冬休みの宿題に集中し、ケーキタイムの交わりにユキも合流。知子が不在なのでクリスマスケーキをきれいに切れなかったが、おいしかったね!!!
posted by 優子 at 23:21| ブルンナー読書会 | 更新情報をチェックする